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背広に代えた原稿用紙を持ち込んだという、生まれ故郷の雑誌について、問合せをして調べて頂いていた青森県近代文学館のSさんから、早速、昨日電話を頂いた。
それは、「北方春秋」という月刊誌ではないかとの報告であった。
昭和35年1月号に掲載されている『タンパ眼の誘惑』という原稿用紙60枚の短篇ではないだろうかとのことであった。
この雑誌には他の号にも、三浦哲郎が書いた作品が掲載されているらしい。
文学館では、たまたま、別の用件の調査のためにこの雑誌を最近入手したばかりだったというから、幸運なことだった。
別の用件とは、八戸の詩人・村次郎についての調査だったようだ。
村次郎といえば、三浦さんが八戸で教員生活をしていた頃に、よく会って文学について相談していたという人である。
もしも、このことが本当だとしたら、今まで全く知らされていない情報なので、大きな発見ということになるのではないだろうか。
Sさんからも、このことは文学館でも今まで検証されたことがなかったようだと言われた。
一戸に都落ちして過した昭和34年2月から翌35年2月までの1年間は、本当はどんな暮らしをしていたのだろうか。
何かの本に、間違えばそのまま一戸で郵便局員にでもなっていたかも知れないとも書いてあった。
やはり、このことも春覚和尚に取材してみなければならないことになる。
「北方春秋」に掲載の作品は、後で複写して送ってくれると言われたので、届くのが楽しみである。
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