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■画像:東奥日報新聞連載 三浦哲郎特集第42回目の紙面
東奥日報新聞連載 三浦哲郎特集第42回目は短篇小説『妻の橋』である。
生誕80年・芥川賞受賞50年特別企画
毎週日曜日に掲載、カラー誌面
芥川賞作家 三浦哲郎
作風と文学への旅
No.42 短篇小説『妻の橋』
清流の川面に下駄の音…
■三浦文学ゆかりの地(岩手・一戸町)
(写真3枚) ・一戸町の馬淵川に架かる愛称“妻の橋”いまはコンクリートの橋で、写真の左下に
「忍ぶ川」の文学碑。近くには三浦さんの母や姉が長年暮らした家がある。
・「忍ぶ川」の文学碑完成祝いに出席しマイクを握る三浦さん(右が徳子夫人。1978
年11月撮影)遊座昭吾さん提供
不意に彼の耳のなかで、あの橋を
駆ける妻の足音が爆竹のように爆ぜた。(「妻の橋」から抜粋)
■この本:「作家の愛したホテル」(伊集院静著、日経PB社刊)
世界のご満悦な宿紹介
※『妻の橋』は1971(昭和46)年8月号の『新潮』へ発表。翌年4月、短篇11作品を合わせ同題で新潮社から出版。
(吉田徳壽=日本ペンクラブ会員、前東奥日報社編集委員)
この中に描かれている稽古場で知り合ったS嬢が、先日紹介した『春の舞踏』に関連していることがここで明らかになるのである。
平成22年3月にこの橋の直ぐ川上に新しい橋が架けられてからは、この橋を通行する車や人がめっきり減ってしまった。
新しい橋の名前は三浦文学ゆかりの場所にちなんで『しのぶ橋』と名付けられて、三浦氏揮毫の銘板が袂の柱に埋込まれている。
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私は「妻の橋」凄く好きです。
本当に良くわかります。
一生懸命で、卑怯で、取り乱して、どうしていいかわからなくて、じたばたして、悲しくて、素晴らしい作品です。
そんなこの作品の切なく卑劣でひたむきで狂おしい所をこの記者は十分に書けていません。恐らくまだ若い人なんでしょう。私の読みは一つの読みに過ぎませんが、記者は記者自身の読みを十分に深めきれずに書いているように思います。
三浦哲郎はそれほどに凄い作家なのです。私はそう思っています。
2012/1/24(火) 午後 7:41 [ pap*k*man ]
pap*k*manさんの境遇と類似しているから余計に共感できるのでは無いでしょうか?
男としてドン底のところで足掻きながら、それでも家族愛に支えられて生きていることがひしひしと伝わってきます。
記者は長年三浦さんを担当して来たベテランの方なので、今回の取材にそれなりの理念を持って取り組んでいるように思います。田舎の購読者を意識して、主観を押さえながら、まずは一人でも多くの人に三浦文学を知って親しんで貰いたいとの思い入れを感じています。
このシリーズに対しての反応が今まで無かったのが不思議でならなかったので、貴重なコメントを頂けて大変嬉しいです。
ご指摘に同感です。
2012/1/26(木) 午前 7:17 [ oki*_ ]
ご教示ありがとう御座います。ベテランとして、主観を抑えて、と言われてみると、なるほど、とも思います。
私自身は、この作品の切なさは、橋の下に夫が女といることをわかった上で、橋の上を小走りで走ることしか出来ない、夫の苦しみに気付きながら、自分も女として取り乱し、それをしても仕方がないけれど、下駄を鳴らして走りすぎる以外にするすべを持たなかった妻の切なさと、その切なさを十分わかっていて、女とともにいてしまう三浦自身のやり切れなさ、それがあまりに美しい作品だと記憶していたので、記事にもっとそこらあたりのこの作品自体の魅力を書いて欲しく思って、つい言葉が過ぎてしまいました。
私の印象も記憶も間違っているかもしれません。ご教示下さればありがたいです。
2012/1/26(木) 午後 10:32 [ pap*k*man ]
けっして間違ってはいないと思います。
直接は語らないけれども、文章の中に秘められた思いが埋込まれているのです。
この小説で最も印象深いのがそこのところで有ることは大方の人が感じているように思います。
何故なら、文学散歩のガイドをしていて「忍ぶ川」文学碑を案内する時に、直ぐ脇にかかる岩瀬橋が「妻の橋」であることが分かると、三浦ファンの参加者たちは決まって橋を渡りたがるのです。下駄の音を鳴らしながら渡る妻と、橋の川下で逢引する三浦さんのことを想像しながら…。
記者の重点の置き方に物足りなさがあるようですね。
2012/1/26(木) 午後 11:30 [ oki*_ ]
ご賢察の通りかもしれません。
ご理解頂けた事、私自身、自分の気持ちに気付けた事、両方が嬉しいです。
2012/1/27(金) 午後 7:04 [ pap*k*man ]