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先日、一戸町の元町長中野清見氏著『町長室から 正午のサイレン』について触れさせて頂いた。
そこに書かれている「“忍ぶ川”の文学碑を建てよう」の項には、文学碑建立への思いと経緯が書き残されている。 その文学碑建立の記念式典の時の記念写真が残されていて、その時の様子を伺うことができるので、紹介する。 右から広全寺住職春覚和尚、中村善次郎観光協会会長、中野清見町長、三浦哲郎氏、三浦夫人、長女晶子さん。 (当時の実行委員会のスタッフだった方から提供頂いた) この碑には、『忍ぶ川』の一節が原文のまま鋳物の浮き出し文字で描かれていて、堂々とした石と共に見る者に設立者たちの思いの気迫を感じさせている。 しかし、先日のセミナーで受講者から頂いた質問で、三浦文学に馴染みのない人には、この銘板の文字が読み取れないらしいことが判明した。 やはり、詳細な説明版の設置が必要のようだ。 通りからも目立たないので、案内表示板や標識の設置も欲しい。 噂によると、隣接している畑の用地を駐車場にする動きもあるらしいので、この一角を、駐車場も含めた「忍ぶ川公園(?)」に大々的に整備して頂けたら、来訪者が探しあぐねることも無くなるので、観光スポットとしてクローズアップできるようになるだろう。 |
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