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早速、『夜の絵』の中の『くちべに童女』を紹介します。
座敷童子に恋をしてしまった娘の物語です。
《今年の五月、北海道や東北の北部が激しい地震に見舞われた日に、脚本家の野島は、ちょうど同じ東北の秋樽温泉の宿にいた。秋樽は、山頂に翡翠色の火口湖を戴く山の中腹にある、温泉宿が7軒きりの古い寂れた温泉場だが、その7軒の宿のうちでも一番ふるい、前にも二度ほど滞在したことがある白嶺閣という宿にきて、まだ二日目の午前であった。》
書き出しの場面です。
これは十勝沖地震の時の体験を小説にしている場面で、三浦氏は実際にこちらの方の温泉(確か酸ケ湯だったか?)に来ていてこの地震を体験していると、何かの随筆に書いてありました。
この小説の中でも、
《…海からは離れているが、この秋樽よりはずっと北にある自分の郷里のことを思い浮かべていた。郷里の家には地震嫌いの老母がいる。自分でさえどうなることかと心細い思いをしたのだから、母はさぞかし生きた心地もなかったろう。》
と心配して、電話を掛けたり、直ぐに列車に乗って駆け付けたりしているのです。
小説のストーリーは、旅館で働いている18歳の新米の若女中モヨさんの話になっています。
山育ちで何も知らない孤児同然のモヨちゃんは、山奥の部落の人に頼まれたといって年寄りの股木(猟師)に連れてこられて、ここで働いていました。
年頃の娘がお客達にからかわれている内に、このあたりの古い伝説に出てくる座敷童子に興味を持つようになってしまうのです。
ある日、茅葺屋根の旧館が火事になり、その時に彼女は火傷を負い、気が狂ってしまったのです。
《正直いえば、ご存知無いかもしれませんけど、座敷童子は一種の物の怪なんです。なんでも、うんと古い大きな家の大黒柱に棲んでいて、その大黒柱に鴨居を交えている部屋の隅に、ぼおっと立つという物の怪です。年寄りの話では、つんつるてんの絣の着物を着た男の子だそうで、それで座敷童子というんでしょう。その物の怪の正体は誰にもわかりません。いろいろな説があるようですが、なかでは、昔、マビキをされた子供たちの亡霊だという説が、一番ありそうなことに思われます。そういえば、座敷童子は一人寝の座敷に限って出てきて、布団の裾をちょこちょこ踏んだり、さまざまな悪戯を仕掛けてくるんだそうです。
実は、以前、ここの別館にも座敷童子が出るという噂があったということです。別館には、八畳間が横に三つ並んでいましたが、その真中の座敷に一人で寝ていると出てくるという噂があったそうです。》
男友達が出来なくて寂しい思いをしていたモヨちゃんが、この話しを本気にしてしまい、本当かどうか確かめるためにその部屋に泊まってみるのでした。
《襖の隙間から覗いてみると、モヨちゃんはもう起きていて、座敷の隅の大黒柱を拳でこつこつと叩いたり、そこへ耳を押しつけたりしています。おかしくなって、襖を開けて、
「おはよう。そらごらん、出なかったでしょう。」
そういいますと、モヨちゃんは目をきらきらさせながら、唄うように、
「この柱のなかに、階段があるの。」
といいました。
嘘、おっしゃい。いくら大黒柱が太いといっても、大人の一と抱えしかないのです。それに、柱の中が洞(うつろ)なわけがありません。でも、わたしはモヨちゃんの目の、なんといったらいいでしょう、あれは神秘的とでもいうんでしょうか、これまで誰の目にもみたことがないような不思議な輝きに心を奪われて、ただ黙って目をみはっていました。
「このなかの長い階段を登っていくとね、上に立派な座敷があるの。やっぱり八畳の。」
わたしは背中がぞくっとして、思わず、
「モヨちゃん。」
と腕を掴んだんです。
とても信じられないことですが、モヨちゃんは座敷童子と遊んだというんです。夜中に、ふと寒い風に顔を撫ぜられたような気がして、目を覚ますと、そばに絣の着物を短く着た若者が、すらっと立っていたというんです。顔はわからなかったが子供では無く、確かに若者だったとモヨちゃんはいいます。
座敷童子は、本当に出たのでしょうか。それとも、モヨちゃんの祈りのようなものが体から脱け出していって、座敷童子の幻になったんでしょうか。あるいはまた、その晩あたりからモヨちゃんの頭は、すこしずつ狂いはじめていたんでしょうか。》
それから、別館に客のいない晩を待ち兼ねるようにして、一人で泊まりにいくようになってしまうほど、モヨちゃんは、座敷童子に恋をしてしまったのであります。
それからのモヨちゃんは、見る見る美しくなっていくのです。
あの別館の火事の時、茅葺屋根がごおっと凄い音をさせて燃え立つと、モヨちゃんは喉が裂けるような叫び声を上げて煙の中へ、まっしぐらに駆け込んで行き、消防士たちに外へ担ぎ出されたが、それでもまた焔のなかへ駆け戻ろうとして、気狂いのように暴れ狂ってしまうのです。
それ以来、モヨちゃんの魂は座敷童子と一緒に棲家を迷い出て、とうとう戻ってこなかったのです。
《モヨちゃんは、座敷童子がいま旅に出ていて、やがていつかは帰ってくるとでも思っているのでしょうか。暇さえあれば鏡の前に坐って、お化粧に余念がありません。いっぱしの、若妻のように、ちょっと横坐りに、まるいお尻をぺたりと落として、時折あらぬ方へうっとりと目を細めたりしながら……》
この、座敷童子に恋をした娘の物語は、大人の童話とでも言いたくなるような、メルヘンチックな話しであります。
別館の部屋や大黒柱などや、火事になり棲家を失うなど『ユタとふしぎな仲間たち』の舞台と共通する内容になっているので、シリーズ物と言ってもよいのではないでしょうか。
そう言えば、ちょうど同じ頃の作品でもあります。
出稼ぎ家族の哀れな犠牲者であるモヨちゃん。純粋で穢れを知らない田舎の娘と温泉場の穢れとの対比。
この文庫本『夜の絵』に収められている作品の殆どは、三浦さん特有の不運な主人公たちの哀れな物語になっているようです。
娘は、座敷童子に会うと美しくなる?
新たな発見が出来てうれしい。
この本にある次の作品も何か発見がありそうなので、ワクワクしてきます。
※因みに、この小説では「座敷童子」とわらしを漢字で表示していたが、『ユタとふしぎな仲間たち』では、平仮名にしてある。ここにも作者の拘りがあるのか伺ってみたい気がします。
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