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■今朝、裏山で撮ったタラッポの写真
「鱈汁には、忘れないで肝を入れなせ。それがコツせ。」
おふくろさんが言った心に残ることばの一つである。
三浦さんは、病院にいるおふくろさんを見舞い、山に行ってタラッポを沢山採ってきたことを話したのに、どうしたことか、魚の鱈と勘違いをしたらしい。
この二人のことばのやり取りに、深い愛情を感じずにはいられない、名場面である。
そんな場面が『旅雁の道草』の中の「タラッポの章」に描かれている。
《病院へいってみると、おふくろは相変わらず顔を艶々させて、具合は悪くなさそうに見えた。
「昨日、山からタラッポをどっさりとってきましてね。」
耳に口を寄せてそういうと、おふくろはタラッポを思い出せないのか。しばらく黙って天井を見上げていたが、やがて私の首を引き寄せて、
「鱈汁には、忘れないで肝を入れなせ。それがコツせ。」
といった。
「わかった。そうする。」
と私は笑って頷いた。》
この場面は、他にも『愁月記』や随筆などにも描かれている。
三浦さんは、毎年、五月の連休が明けたころに、山歩きの支度をして、八戸の友人達とタラッポ採りをするために、郷里へ帰っていたそうだ。
《タラッポというのは、?追(たら)の木の芽のみちのく風な呼び名だが、私は、好物の山菜のなかでもとりわけこのタラッポが好きで、こいつの酢味噌和えと天ぷらを肴に地酒をたっぷりやらないことには、春を迎えたという気がしない.
…山菜は、言ってみれば山の魚のようなものだから、やはり自分で山から採ってきたものをその日のうちに調理して食べるのに限る。》
この章には、山菜取りの様子を、色々な出来事を交えて描いているが、採った山菜の食べ方にも詳しく触れて楽しませてくれる。
《山で、遂に雑木林を伐採した斜面で若い?追の木の大群生を見つけた。…見渡す限りタラッポである。思わず三人で万歳する。まだあまりにも若い芽は、あとからくる人のために残すことにした。ちょうど親指ほどに育って、頭がほぐれかけているのが一番いい。これは、さっと湯掻いて、酢味噌和えにする。ほぐれてきて葉になっているものは、天ぷらに最適である。
「いや、あるわ、あるわ……」と独り言を言いながら採る。急がなくてもいいのに、急いで採る。胸がごとんごとんと鳴っている。》
これぞ山菜取りの醍醐味!
山菜取りを経験したものなら、思わず頷いて、山に駆り出したくなるような、上手い描写をくれている。
ついでに、道端で見つけた野蒜(のびる)も、酢味噌和えにすると旨いし、身欠き鰊と一緒に味噌煮にすると、熱いご飯のおかずや酒の肴になかなかいいといって紹介している。
この章には、青森から八甲田、十和田湖経由での旅の情景も描かれているが、山菜採りの山は隣の旧南郷村の辺りらしい。
裏山のタラッポは今が盛り。
もたもたしていて、ひとに採られてしまわないうちに、さぁっ、私もタラッポ採りに出かけてみよう。
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