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ダンジャ(壇沢)の「ゆかりの家」の鍵が届いた。
今度の『「湯ノ花村」文学のお散歩会』の時に、参加者の皆さんに見学してもらいたいと思い、持主の仙台在住の玉川夫妻にお願いしたところ、今回も快く承諾して頂いて、鍵を借りることになり、郵送して貰ったのだった。
この「ゆかりの家」は、三浦さんのお父さんの実家だった所で、終戦間際におふくろさんとお姉さんが疎開して来て、間もなく終戦になり、お父さんも八戸を引上げて来て、暫くの間、家族で住んでいた所なのである。
《父の実家では、両親と姉と、それに終戦まで横須賀の海軍航空技術廠で特殊爆弾の研究をしていた次兄の四人が、縁側から林檎畑の見える広い二間つづきの座敷を借りて暮らしていた。》……随筆集『春の夜航』-『青春記 ー 風景の一年』より
当時、三浦さんは一人八戸に残り、高校へ通っていて、休みの度に汽車に乗って帰って来たと、色々な作品に書いている。
特にも随筆集『春の夜航』-『青春記 ー 風景の一年』に詳しく書かれている。
その後、早稲田大学政経学部に入学し、次兄の失踪が因で退学して帰省するのだが、早稲田の文学部への再入学を志して、一年間ここの離れに建てた小屋のような家で過すのである。
村で暮らしはじめたばかりのころ、父の実家の土蔵脇で日向ぼっこをしていると、前の林檎畑のなかからのっそりと出てきて、会釈をし、なにやら親しげに話しかけてきた同年配の若者がいた。
『ブンペと湯の花』に描かれている親戚の文男君と、初めて会ったのもこの場所なのである。
縁側から眺める庭園の景色は格別である。
又、常居の壁に掛けてある軍鶏の絵や、床脇の化石の置物なども、三浦作品にゆかりがあるのである。
半年ぶりの「ゆかりの家」の開放になるので、汚れていると思うので、会員たちの協力を得て、きれいに掃除をして迎えることにしよう。
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