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今朝、真夜中に大きな地震がこの地域を襲った。
鉄筋コンクリートの家に住んでいても大きく揺れてゴトゴト軋む音が激しくて、震源地の上にいるかと思うほどだったから、木造の古い家などは相当激しく揺れたことだろう。
しかし、近所を見渡しても全く変わった様子が無くて、本当に良かった。夜明けとともに災害の状況が明らかになってくるだろうが、災害が無いことを祈っている。
直ぐ近所の洋野町が震源地だと言うから驚いた。やはりこの二戸地域も地震の危険地域の一部なのだと思い知らされる出来事であった。
皆さんのところは無事でしたか。
三浦さんは、随筆や小説で地震のことを書いている。
郷里の地震が気掛かりのようで「十勝沖地震」や「三陸遥か沖地震」のことを書いて残してくれている。
「三陸遥か沖地震」の時には三浦さんは八戸に居て地震に遭っていて、その時の様子を随筆や小説に書いている。
『地震の話』(『春の夜航』講談社)には「十勝沖地震」のことが描かれていて、郷里にいる母親のことを心配して、母親との地震の思い出を語っている。
母は世の中で地震ほど嫌いなものはないといっていて、どんなに小さな地震でも、なにはさておき、「まじゃらぐ、まじゃらぐ」と呟きながら、すたすたと外へ出ていくのだそうだ。
「まじゃらぐ」とは、一体なんのことか分からないが、昔から地震の時に唱える災難除のおまじないなのだそうだ。
「まじゃらぐ」?、聞いたことがないまじないだけど、この地域でも使うのかな?
小さい時から母と一緒に外へ逃げ出していたせいか、三浦さんも地震にはとても敏感で、普通の人では分からないような地震でも分かるのだと言う。
家に居て家族の手前、外に逃げる口実に庭にツクバイでも置いて、その水面の揺れ方を見て震源地を占うことにしようかと考えたりしている。
実際に「十勝沖地震」の時に、家の直ぐ前を流れる水路を見下ろしたら、水の流れが止まり、ばしゃり、ばしゃりと、両岸の石垣を洗うほどだったそうだから、地震の凄さが分かる。
地震のたびに、さっさと外へ飛び出すという、子供のころに染み込んだ癖は、大人になっても容易に抜けないものらしい。
『三陸遥か沖』(『狐のあしあと』講談社)には「三陸遥か沖地震」の事が書かれている。
この時は、三浦さんが同級会か何かで八戸に滞在していて、実際に地震に遭遇していたそうで、被害の大きかった八戸の状況をこの随筆に書き残してくれている。
3階建てのパチンコ店の一階がペチャンコになったところを通りかかった新聞社のカメラマンの話し、大衆浴場で入浴中に溺れそうになった人の話し、そしてマンション9階の自室でイラストレーターの仕事をしていた人の話と、大地震に遭った体験談として、地震の凄さを書き残しているので、今読んで見てあの地震の凄さを思い出させられるのである。
因みに、「十勝沖地震」は1968年(昭和43年)5月16日、「三陸遥か沖地震」は1994年(平成6年)12月28日と、随筆を読んで地震の起った年月が分かるのは、この随筆が記録を残す役割をしていることにもなるのである。
この時の地震を八戸のホテルの部屋で体験したといって、何かの小説に取り入れていたのを読んだことがあるのだが、それがどの本だったか今は思い出せないでいる。
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