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『充分に表現するためには、けっして表現しすぎないこと。しかもそれでいて完全に表現すること。ただし、ごくわずかの言葉で表現すること』
これはモーツァルトが少年時代にヨハン・シューベルトのソナタを聴きながら学び取ったという教訓で、三浦さんが表紙の黄ばんだ一冊の古ノートに書き留めて、短篇小説を書く時の自戒にしているという座右の言葉だそうだ。
《私は、短篇小説を書くとき一尾の鮎を念頭に置いている。できれば鮎のような姿の作品が書きたい。簡潔で、すっきりとした作品。小粒でも早瀬に押し流されない力を秘めている作品。素朴ながら時折ひらと身を躍らせて見る人の目に銀鱗の残像を止めるような作品 ― けれども、これは飽くまでも一つの願望で、そんな鮎のような作品が書けたと思ったことは残念ながらまだいちどもない。》随筆「一尾の鮎」(昭和63年の文学界2月号で発表になる)『随筆集 一尾の鮎』(1990.H2.11講談社発行)に収録。
この中の一部は八戸市公会堂の脇にある文学碑にも刻まれているほど、三浦さんの代表的な名言なのである。
このように三浦さんが鮎の姿に例えて表現するのは、新潟県の叔父さんからの影響が有ったからではないだろうかと考える。
その叔父さんのところを訪ねて行く随筆作品の中に、簗に掛る鮎を見せたいといいながら亡くなってしまった叔父さんが、鮎の姿を褒め讃えるシーンが描かれている。三浦さんが鮎に惚れ込んだのは恐らくこの影響が有ったからではないかと考えられるのである。
鮎釣りで定評の馬淵川の鮎や釣り人たちは、この連日の地域的豪雨に悩まされていることだろう。
ここで獲れた『一尾の鮎の串焼き』は、だから三浦哲郎文学のイベントには欠くことの出来ない金田一温泉郷の名物なのである。
今年も南部馬淵川漁協の協力を得て、金田一温泉郷にある養魚場から仕入れた鮎を南部木炭で照焼きにして「ゆのはな交流館」で提供することになっているので、焼立てでホクホクの美味しい鮎を食べに来て下さい。
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