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■写真:昨年、一戸で行われたデュオ・リュタンバロックコンサートの模様。「チェンバロ」
9月のイベントで『デュオ・リュタンのバロックコンサート』の開催を予定しています。
何故バロックコンサートなの?と思うかもしれませんが、これが三浦哲郎文学作品に大いに関係があるのです。
九年をかけてローマを往復した天正の少年使節団一行の見聞、体験、人間関係を詳細に描いた長編小説『少年讃歌』で、少年たちがヨーロッパで習ってきた西洋楽器で四人の使節たちが演奏する四重奏に、クラヴィチェンバロ、アルパ、ウラド、それにラベキーニャなどの持ち帰った楽器が登場するのです。
そこには、
《クラヴィチェンバロというのは箱型の鍵盤楽器で、10本の指を用いて横一列に並んでいる鍵盤を叩くと、鳥の羽を切って作った羽軸がそれぞれの弦を弾いて違った音色を立てるしかけになっている。ヨーロッパには、椅子に腰を下ろして演奏するような大型のものもあったが、私たちが持ち帰ったのは卓子か自分の膝の上に置いて弾く小型のもので、箱の蓋を閉めると自由に持ち運びができるので便利であった。
…使節たちは、関白殿のために『千々の悲しみ』という曲を用意してきていた。この曲は。もともとはジョスカン・デ・プレという名のフランス人が作曲した一種の小唄だというが、ヨーロッパではどこの国を訪ねても必ず耳にするほど流行っていて、なかんずくエスパニアでは〈皇帝の歌〉として広く愛唱されていた。》
と楽器や演奏について詳細に記されているのである。
こんどのコンサートの企画について、デュオ・リュタンの朝倉未来良さんから、事務局宛にメールが届いているので紹介します。
《木村が演奏する楽器は今回は(昨年秋と違って)正確にはヴァージナルと言います。より少年使節の時代に近い楽器です。チェンバロの仲間、あるいは親戚の様な楽器なので、「チェンバロ」と表記しても誤りではありません。
ですので、表記はおまかせ致しますが、例えば「チェンバロ(ヴァージナル)」と言った書き方でも良いかと存じます。
あるいは逆に「ヴァージナル(チェンバロの一種)」でも良いかも知れません。
ちなみに少年使節がスペインでもらった 楽器は「クラヴィ・チェンバロ」と記されていますが、実際は卓上て弾く小型のヴァージナルだった可能性が有ります。あと、ヴァージナルを信長が清洲城で聴いたと言う記録が有ります。
今回使う我家のヴァージナルはフェルメールの描いた「音楽のレッスン」と言う絵に描かれたヴァージナルに似せて、そっくりに作られたものです。よろしかったらインターネットで絵をご覧になって見て下さい。
実はこの楽器を購入する際、二戸に旅行中だったので、まだ携帯も無い頃で二戸の駅の公衆電話でなんとか買える算段が着いた喜びは忘れられません。
それが今回初めて二戸で鳴る事になるので、感慨深いです。
最後にチラシに載せる曲目についてですが、小説に出ている、ジョスカン・デ・プレ作曲「千々の悲しみ」はやろうと思ってます。
実際はあと、バッハやヴィヴァルディやバードなどの曲を演奏するつもりですが、
他に何曲か、今お知らせした方がよろしいでしょうか?》
因みに
■『デュオ・リュタン』とは二人のバロック音楽奏者チームの名前
・朝倉未来良=フラウト・トラヴェルソ
・木村夫美=チェンバロ
朝倉さんたちは、私たちとのご縁で『少年讃歌』を読み、このことを知り、大いに共感して頂いています。
今回も東京からわざわざ駆けつけてくれるので、前日には金田一中学校でのコンサートも予定されたのです。
皆さん、当日をお楽しみに!
余談ですが、取って置きの話。
少年使節団一行が帰国してから、太閤秀吉になかなか謁見出来ずにいた原因が、奥州攻めに難航していたからだそうで、丁度そのころ、浅野長政たちが九戸城攻めに手を焼いていた時に重なるのです。
あぁ、三浦哲郎文学は深くて広い…。
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