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林檎の花が満開

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昨日、金田一温泉郷のまべち苑で仕事の関係の総会が行われ、泊まりがけで出席してきた。
地元に住んでいるので、こういう時でもなければ金田一温泉に泊まることもないので、良い体験が出来た。
今、温泉郷は林檎の花が満開で、真っ白な林檎畑に包まれていてとても綺麗だ。

総会に出席して頂いた県の会長さんが、「毎年入らせて頂いているが、ここの温泉はお風呂から上がっても、物凄く汗がでるので、温泉の効用を感じる。とても良い温泉だ」と言って、金田一温泉を高く評価してくれていた。

どうぞ皆さんも白い林檎の花が咲いている金田一温泉郷にお湯に浸かりにお出で下さい。

※この記事は、信州「市民タイムス」http://www.shimintimes.co.jp/ の『熊井啓への旅』を、許可を得て掲載するものである。

熊井啓への旅

忍ぶ川-4

悲願の映画化 暗礁に
http://www.shimintimes.co.jp/yomi/kumaikei/kuma21.html

 「忍ぶ川」を撮るに当たり、熊井啓が白黒フィルムにこだわった理由をもう少し記しておきたい。そこには熊井啓という“映像作家”の審美眼がよく現わされていると思うからである。
 ……冬のある日、熊井少年は空から舞い降りてくる雪を眺めていた。どの雪も灰色をしていて、空いっぱいに灰色の細かい点が噴き出すようで、目が回り、天も地もわからなくなって吸い上げられてゆくような気がした。
 ところが、その灰色の雪は積もると白い。辺り一面を白一色に包み込み、光が当たると色合いを変えて輝く。夜は夜で別の世界をつくり出す。
 こうした雪の色調を映像で見せるには、カラーに決まっていると思いがちだが、熊井は「違う」と断言する。水墨画がさまざまな白黒を表現するように、白黒フィルムのほうがかえって色彩を感じさせるというのだ。「人間のイメージは、ある刺激を受けた瞬間に、はかり知れぬ広がり方、深まり方をするものである」「雪は生きものである。雪は生理的に冷たく感じさせる要素と共に、正反対の視覚的な温かさ、優しさもあわせ持つ」とも。(「映画『忍ぶ川』をめぐる総てについての記録3」)
 雪はただ白いものではないことが、吉永小百合の父芳之(よしゆき)にはわからなかったようだ。
 カラーを主張する芳之は、ほかにも多くの注文を付けた。主題歌を作って娘に歌わせたいとし、日活宣伝部長も相手役を舟木一夫にしてデュエットしてはどうか、と言い出す始末。熊井は開いた口が塞(ふさ)がらない。
 さらに芳之は、主人公の過去(兄姉たちが自殺したり失踪(しっそう)する暗い血の部分)をカットするよう求め、この映画で最も重要な初夜のシーンについてもああしろ、こうならないか、なくてもいいだろうと異様なほど口出しした。熊井には、かわいい娘が自分の理想に合わぬ男に寝取られてしまうのを、必死に食い止めようとする、現実と映画を混同した父親の姿に映った。
 もっとも、この素っ裸で初夜を演じるシーンは、吉永小百合自身にも相当な抵抗があった。
 「自分が大人の役をこれから本格的にやっていくための、足がかりがつかめるんじゃないか」などと、熊井に語った吉永小百合は、傍目(はため)にも気の毒なくらい迷っていた。「清純派」路線は完全に頭打ち、大人の女優に成長しなければならないが、初夜のシーンがその後の女優人生にプラスになるとは限らない。
 熊井もまた真剣だった。マイナスに作用するようなら監督である自分の責任だと自覚し、だからこそ「完全」を目指し、全力投球する構えだった。とはいえ、吉永小百合だから脚本を大幅変更して撮る、というのでは本末転倒だ。
 日活と吉永プロの交渉は、熊井の「私たちは『忍ぶ川』を吉永君の代表作にしてあげたいと頑張っているんです」の訴えに、芳之が「どうぞ勝手に準備してください。娘は出しませんから」と返答して決裂した。
 こうして吉永小百合の「忍ぶ川」は泡(あわ)と消え、熊井の念願は暗礁(あんしょう)に乗り上げてしまう。
 悪いことは重なるもので、「黒部の太陽」に続いて石原プロモーションから依頼された「草の陰刻」(松本清張原作)も決定稿ができ、キャスティングまで済んでいたのに突然中止となった。
 熊井は挫折感に苛(さいな)まれた。「忍ぶ川」の原作者三浦哲郎(てつお)に新宿の居酒屋で会っても「必ず作りますから」と繰り返すしかなかった。
 昭和四十四(一九六九)年、熊井啓は十五年間いた日活を退社し、フリーとなる。ベトナム反戦を皮切りに大学闘争の嵐が吹き荒れ、騒然としていた時代、その不透明感に支配されたかのように熊井自身も不安でたまらなかった。
 そんな「先の見えない悪夢のような時代」に、井上光晴の小説『地の群れ』を思い出し、わずか一千万円の予算で「地の群れ」を撮る。製作費の不足分は日活の退職金を充てた。「この映画には当時の私のやり切れなさが、そのまま出ているように思う。私の作品の中では最もネガティブなものである」(「『地の群れ』の頃(ころ)」)
 熊井映画に詳しい重野秀治(しげのひではる)さん(44)=安曇野市豊科=は「地の群れ」について「衝撃的だった。『黒部の太陽』の華やかさのあとがこれですからね。次が『忍ぶ川』でしょう。全然違うものを撮れる力はすごい。専門家が評価するはずです」と目を丸くする。


 文と写真\赤羽康男




熊井啓の経歴
 熊井 啓(一九三〇−二〇〇七) 映画監督。豊科町(現・安曇野市)に生まれ、松本市で育った。松本中(現・松本深志高)から松本高等学校に入学、新制の信州大学理学部を卒業した。独立プロの助監督を経て日活撮影所監督部に入社、助監督後、「帝銀事件・死刑囚」で監督デビュー、骨太な社会派監督として活躍した。「海と毒薬」でベルリン国際映画祭審査員特別賞(銀熊賞)、松本サリン事件を題材にした「日本の黒い夏−冤罪」でベルリン国際映画祭特別功労賞など受賞多数、紫綬褒章も受けた。主な監督作品に「黒部の太陽」「忍ぶ川」「サンダカン八番娼館・望郷」「深い河」ほかがある。

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