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春の訪れと共に思い出したように、三浦さんの随筆『春は夜汽車の窓から』を読み返してみる。
岩手にいる祖母に、春休みを利用して家族揃って顔を見せに行く旅の支度に取り掛かっているときの、乗物酔に悩む次女に纏る話が、温かい文体で描かれている。
窓が開く列車なら酔わないで済むのではないかと悩む次女に、帰郷するのに窓が開く列車は無いのかと聞かれて、三浦さんが昔の夜行列車で上京や帰郷を繰り返した頃のことを思い出している場面がある。
その頃は「窓の開く汽車の旅」しかしたことが無かった。
受験時代から二度の学生生活の時、奥さんを始めて郷里へ連れ帰った時、それから何年か後に都落ちした時、その翌年の春、再起を志して単身上京した時、やはり窓の開く夜行の普通列車だったという。
それがいつも春の夜で、窓を上げてみると、郷里では未だ遠かった春が微風に乗って流れ込んで、ホームの柵の外には枝をひろげている桜が満開だったのを見たという。
そのような夜行列車の車窓の情景や、子供たちに見送られて列車に乗り込んできた出稼ぎに行く母親の辛く淋しい別れの様子などは、目に浮かぶような文章で描かれている。。
自分たちも同じような経験があるだけに、とても懐かしくてならない。
今は、たったの3時間になってしまって本当に楽になったが、便利過ぎて車窓から春を感じている暇もなく、情緒感も生まれてこないのは、やはり淋しい。
この『春は夜汽車の窓から』は以前には、小学校6年の国語の教科書に載っていたそうで、乗物酔に悩む次女のことがインパクトがあり、多くの人の記憶に残っている有名な随筆であることが分かった。
〈私の好きな物語り〉参照
http://zainyu.kir.jp/asobi/story.html
この作品は、昭和47年4月から翌48年3月までの一年間、毎日新聞日曜版に三浦さんが連載した小品の全てを綴った『笹舟日記』(1973.S48.5.30毎日新聞社発行)に収められていて、その中の一番最後に掲載されている随筆である。
この随筆の終わりの部分は、連載を終えるのに相応しい、三浦さんを感じる文章になっている。
《あの夜の子供らの〈蛍の光〉と、母親の額が窓ガラスに立てた”ごつっ”という鈍い音は、まだ私の耳の中にある。
今年の春は、窓の開く夜行列車を乗り継いでかえろうか?次女と一緒に、仔猫のような顔をして窓から春の匂いを嗅ぎながら……。》
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