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■写真:『自作への旅』より、岩瀬橋のたもとに立つ三浦哲郎さんの写真(H2.11月撮影:櫛桁幸一)
先日、一戸町の岩瀬橋を訪れたことを書いたが、この橋を舞台に書かれている作品が『妻の橋』である。
『自作への旅』(H3.3.16デーリー東北新聞社発行)の本をめくると、表紙の次にこの岩瀬橋のたもとに立つ三浦哲郎さんの写真(H2.11月撮影:櫛桁幸一)が掲載されている。
確か、何かの本には同じ場所で昔の木橋だった頃の写真を見たことがあるが、これは、コンクリート製の橋になってからの写真である。
その『自作への旅』の『妻の橋』の項には、この橋が「父の橋」から「妻の橋」へと移り変わって行ったことなど、三浦さんと一戸町の関わりについて書かれている。
『妻の橋』は、三浦さんにとって失意のどん底にあった〈都落ち〉の頃を描いた作品で、奥さんが下駄の音を鳴らして橋を渡っていくシーンが堪らなく印象的だったことを思い出す。
『かつて ここに木の橋ありき
妻のちびた下駄の音が 邪(よこしま)な
川原の我を撃つかの如く降り注ぐ
橋脚高き橋なりき』
橋の袂に〈忍ぶ川文学碑〉があるが、三浦さんの胸の中には、こんな文字を刻んだ別の碑が建っているという。
文学散歩のバスツアーの時に、文学碑を案内すると、決まってこの橋を渡らずにいられない愛読者のお客を見掛けるほど、一戸町の重要な「ゆかりの場所」なのである。
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