|
春を迎えて、今は水仙が真っ盛りに咲き誇っている。
この時期になると、三浦さんの短篇小説「水仙」を思い出し、読み返している。
この小説は「ゆかりの家」での姉に纏る出来事を中心に「馬淵川の打ち釣り」や「だんじゃ坂」の情景などが描かれている、正に金田一温泉郷を舞台にした代表作品なのである。
今日掲載した写真の橋は、元は土橋だったそうで、小説にもその様子が次のように描かれている。
《それでも、私は、家に帰りたくない子供が棒切れでいつまでも水溜まりを叩いているように、靄がすっかり消えて日が昇るまで、釣るでもなしに川べりにいて、それから大部分は父が釣った小魚を魚籠に拾い集めて引き揚げてきた。すると、家の方へ登る坂道の登り口にある土橋のたもとに、小野木先生の錆びた自転車が横倒しに乗り捨ててあった。
私は、家へ帰るのが早過ぎたのか、それとも遅すぎたのか、判断に迷った。つい坂道を登る脚が鈍って、立ち止まっていると、上から誰か人が降りてきた。私は、それが小野木さんだとわかると、それきり坂道を登ることを忘れてしまったが、小野木さんのほうも私を見て、ちょっとためらうような足取りになった。けれども、小野木さんは立ち止まらずに、朝日に眼鏡を光らせながら、膨らんだ手提鞄の方へ少し?默を傾けるようにして降りてきた。
…「先生もお元気で。」
急なことで、私は面食らいながらそういってお辞儀をしただけであった。坂道の途中までくると、小野木さんの自転車が土橋を渡って軋むのがきこえた。》
この時お世話になった小野木先生が東京で亡くなったので、主人公(三浦さん)が郷里にいる姉の代わりにお悔やみに行くことになり、
《「お宅へいくときは、花でいいね」
「そうね、花なら、水仙にして。」
「水仙か。これはなにか曰くがあるの?」
「曰くって……ただ小野木先生が好きだったから」
と姉はいった。
私は、さっきのお返しに、そんなことまでよく憶えているなといいたかったが、素知らぬ顔で、
「なるほど。花なら水仙ね。わかった」
といった。》
ストーリーでは、事の確たる原因については一言も触れていないのだが、小野木先生と姉の微妙な関係が事件のもとのようであり、母の動揺ぶりと後の冷静な態度の落差が、事の重大さを物語っている。
これが実在のできごとで、小野木先生は実在の人なのかは大変興味をそそることとなっていて、
《小野木さんは、もともと東京の人なのに、どんな縁故があったのか終戦直後に岩手くんだりの小さな温泉村にきて、途中で道連れになったという戦災孤児の男の子と二人で暮らしていた。色白で、痩せて背が高く、いつも眼鏡の奥で気弱そうに目をしばたたいている温厚な人で、実際どういうものか日を浴びると急に赤味を帯びてくる産毛のような口髭が、神経質そうな顔にかえって柔和な感じを与えていた。》
目下、これをもとに、情報収集をしているところである。
読む会では、橋を渡った「だんじゃ坂」の登り口の、小野木先生が自転車を横倒しに乗り捨てておいた辺りを、水仙の花で一杯に埋め尽したいと思い、地主に相談しながら水仙を増やすことに取組んでいる。
その水仙が綺麗に咲いているので、皆さんも、温泉に入りながら、小説の舞台を体感しに訪れてみては如何でしょうか。
|