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「著作年表を書いた人」の消息を知りたくて、以前に知り合った青森県立三本木高校の校長だった米田省三氏に電話をして尋ねてみた。
ご無沙汰していた米田さんは既に退職されて、今は地元十和田市の教育長をされていた。
米田さんにより、年表を書いた福村忠夫さんが、今も国語の教師をしていて県立野辺地高校に勤めていることが分ったので、早速、勤め先に電話をして年表のことをお尋ねした。
福村さんは、東京に住んでいたこともあって、方々の古本屋を探し回ったりして、長年掛けて三浦さんの殆どの著書を入手して読んで所蔵しているといっていた。その殆どが初版本だと言うから、大変なマニアであることは間違いない。
既に昭和50年代ころには、高校の教え子たちを連れて、金田一温泉や一戸のゆかりの場所を訪ね歩いて、ゆかりの家や神泉館(古湯)等を探し当てて写真を撮ったり、一戸の広全寺の春覚和尚さんから話を伺ったりしていたそうだ。
なんと、私たちの大先輩なのである。
私たち読む会の活動を新聞で読んで知っていて、その記事も全部切り取って保存してくれているというから、大先輩の存在も知らずに活動してることに恥ずかしい思いがした。
福村先生は、来年に迎える定年の退職後は、加筆整理し続けている三浦さんの著書年表の仕上げなど、三浦文学に没頭したいと抱負を話していた。
分けて欲しかった自作の著書年表は、最新版が1冊しかないので、上げる訳には行かないが、コピーを取るなら貸しても良いとうことになったが、職場がこれから超多忙時期に入るので、一段落する3月以降にして欲しいとのことだった。
まだお会いしていない米田省三氏にも面談したい。
新たなネットワークができそうで、今後の展開が楽しみになってきた。
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