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マスゲーム
マスゲーム
まちがった少女
まちがった少女
これは、三浦さんの生地八戸市の、幻の詩人といわれている村次郎(1916−97)の「マスゲーム」という詩で、随筆集『春の夜航』(1985.講談社発行)の『好きな誌』(初出:「俳句とエッセイ」1984年5月号)の中で紹介されている。
三浦さんが家庭の事情で早稲田大学を休学して郷里に帰り、八戸の新制中学校で助教諭をしていた時に、そのころ八戸で割烹旅館石田家を経営していた幻の詩人、村次郎(1916−97)に会って文学の影響を受けていたという。
まだ、本格的に文学と取り組む以前の昭和25、26年頃のことである。
「私は、土曜日の放課後、近くの海べりに住む村次郎という詩人を訪ねて、いっとき彼の文学談義に耳を傾けるのがならわしであった」
一緒に浜を歩きながら、熱く文学を語る村次郎が、興に乗って渚の濡れた砂に書き付けた「マスゲーム/マスゲーム/まちがった少女/まちがった少女/という四行詩に衝撃に近い感銘を受けた」
「あのころの浜歩きは、私にとってまぼろしの『渚の文学館』といってよかった」
青森県近代文学館のために書かれたというエッセイ『渚の文学館』で、このように村次郎との思い出を語っている。
『作家生活50年 三浦哲郎の世界』の18頁に、太平牧場らしき牧場をバックに二人が写っている思い出の写真が掲載されている。
この本の表紙に掲載の、三浦さんが渚を歩いている写真は、偶然にもこのエッセイにお似合いの場面になっているのに気付いた。
文学の影響を受けたという村次郎とのことは、なぜか「恩愛」では触れていない。唯一『好きな誌』として「マスゲーム」を紹介しているに過ぎなかったのは何故だろう。
青森県近代文学館には、三浦哲郎が書いた「渚の文学館」の原稿(200字詰め原稿用紙5枚 2005年4月)が展示されているそうだ。
「マスゲーム」…読み返す毎に、身に染みる詩だと分かってくる。
もう直ぐの春、陽気に誘われて花見がてらに、青森県近代文学館に行ってみることにしよう。
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