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先日このブログで紹介した書籍『東北戦国志』を入手した。
■『東北戦国志』に『贋まさざね記』掲載 2010/6/2(水)掲載
http://blogs.yahoo.co.jp/onikosato/31929935.html
三浦氏の埋もれていた小説『贋まさざね記』をよくぞ発掘して掲載してくれたものだと、編者の努力に感心していたところだったが、本の巻末の細江正充氏の解説文を読んで納得した。
《選り取り見取りな伊達政宗に比べ、作品そのものを見付けるのに難渋したのが九戸政実だった。豊臣秀吉の天下平定の最期に立ちふさがり、九戸合戦を引き起こした、北の猛将である。高橋克彦の大作『天を衝く』で広く知られるようになったが、それまでは戦国武将の中でも、かなりマイナーな存在だったといっていい。
それでも本書のコンセプトを考えると、どうしても九戸政実を扱った作品が欲しかった。あちこち捜したところ、やっと発見したのが本作である。ただしこの話、かなり変っている。物語は現代からスタートし、語り手の“私”とその知人たちが、戦前夜にタイムスリップ(?)。九戸勢と豊臣勢の戦いに巻き込まれてしまうのだ。
何ともゆかいな作品だが、その一方で、歴史と人物を見据える作者の眼光は鋭い。特に、九戸政実の描き方が秀逸である。騎馬隊を指揮して打って出た政実が、にこにこしながら帰ってきたのを見た“私”は、彼が合戦好きの野人であり、「ちからを恃んで勝手気ままに振舞っているうちに、急激な世のうごきにとりのこされて、その奔放な生き方がおのずと叛逆な色彩を帯びてきていたのではなかろうか」
と思うのだ。もはや秀吉の天下が決した時代に、なぜ九戸合戦は起きたのか。その作者なりの答えが、ここにあるのだ。
人は生まれる土地を選べない。
天下取りを考えた場合、中央から遠く離れた東北の武将が、最初から重いハンディを背負っていることは、改めていうまでもないだろう。だが、それを不幸というのは傲慢だ。本書に収録された七篇を見よ。ここに登場する東北の武将たちは、自分の生まれた大地を踏みしめ、力の限りに生き、あるいは死んでいったではないか。その命のきらめきを感じ取って頂ければ編者として、こんなに嬉しいことはない。 (文藝評論家 細江正充) 》
この小説『贋まさざね記』は、今まで捜しても初刊の月刊誌『歴史読本』に掲載された以外にお目にかかることができなかった。
編者も恐らくこの小説が掲載された昭和38年2〜3月号の月刊『歴史読本』まで探し着いたものと思われる。
今回このように新たな書籍に取上げて戴いたことによって、多くの人にこの作品を知ってもらえるようになったことが何より嬉しいことである。
武将九戸政実のことを書いた数少ない小説の一つなのだから、大いに注目を浴びることを期待している。
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