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劇作家、作家の井上ひさしさんが死去された。享年75歳。
「むずかしいことをやさしく/やさしいことをふかく/ふかいことをゆかいに/ゆかいなことをまじめに書くこと」
直木賞作家でもあった井上ひさしさんが、色紙などに好んで書いていた言葉だそうだ。
出来そうで中々出来ない、自分の領域にも当て嵌まる良い言葉なので、私も肖りたいと思う。
デビュー以来40年間、絶えず話題作を世に出し続け、作品数が非常に多く、全期間が全盛期といえる作家だった。
改めて『ウィキペディア(Wikipedia)』で調べてみると、生立ちの中で苦しい生活を味いながらも培われた人間性の深い人だったことが分かる。「国民作家」といわれる所以なのだろう。
正に、不遇な生立ちが異端児を生むという一例である。
山形県東置賜郡川西町出身と紹介されている井上さんは、岩手件一関市で中学に通い、釜石市では青年期を過ごし母と兄が長年暮らすなど、岩手県に大変ゆかりの深い作家だった。
代表作でベストセラーとなった長編小説『吉里吉里人』では、町内に「吉里吉里」という地名がある岩手県の大槌町が、小説に肖って「吉里吉里国」を名乗って話題を呼び、全国に地域国独立のブームを引き起こした。
遅ればせながら、この二戸地域も1991年に「カシオペア連邦共和国」として建国宣言をしたという過去があり、ブームが去った後も、唯一継承されて存在している地域独立国ではないかと思う。
「ひょっこりひょうたん島」は釜石にある島をイメージしてできた作品だったそうだ。
一関市の世嬉の一酒造の蔵の一角にある文学館「いちのせき文学の蔵」には井上ひさし文庫があり、井上さんはボランティアで作文講座の講師を務め、内容をまとめた書籍の印税は活動のために寄付されたという。
大学受験の失敗や合格しても学費が払えなくて断念したり、休学して国立釜石療養所の事務員をしながら学費を稼いだり、専攻をドイツ語からフランス語に変えて復学するなど、やはり、同じ岩手にゆかりの作家である三浦哲郎に共通することが多い人だった。
途中で療養所の看護婦への憧れから岩手大学医学部を受験したというから、もしも合格していたなら、作家井上ひさしは存在しなかっただろう。
岩手への思いが強い人だっただけに、岩手にゆかりの作家が、また一人亡くなった悲しみは大きい。
心からご冥福をお祈り申し上げます。
合掌
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