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今回の震災で、万里の長城のような津波防波堤を巡らした岩手県田老町が大きな被害を受け、壊滅したという。
世界に誇る防波堤と言われていたが、前代未聞の大津波はそれを遥かに凌ぐ高さで町に襲いかかったそうだ。

三浦さんは和45年の夏にここを訪れていた。

三浦さんは日本全国の主だったところを訪れて数々の紀行文を残している。

昭和44年から翌年にかけての1年間「僻地の旅」と題して〈家庭画報〉誌に毎月連載にするために、この間、写真家の薗部登氏と一緒に毎月泊まりがけの旅をして紀行文を書いたという。
それは、単行本『旅の手帖』の書名て昭和48年に文藝春秋社から出版されている。

この本の中に『粗削りの自然の明暗』と題して三陸海岸を訪れた時のことを書いている。
家族で郷里の一戸町に旧盆の帰省をしてた時の合間に出掛けた旅だったようだ。
この紀行は、盛岡を出発して葛巻町の平庭高原に寄り、久慈市で一泊し、次の日は小袖海岸から黒崎、北山崎を巡って岩泉町に宿泊。翌日は龍泉洞を観てから山越えをして田老の町に出て、真崎の浜で旅を終えている。
残念ながら、田老町についての詳細な記述はされていないが、〈まるで万里の長城のような津波防波堤を巡らした田老の町〉と印象を書き残している。

その防波堤と街並みが被災し、壊滅してしまったという。
この惨状を三浦さんが見たら何と書いただろうか。

三浦さんは、他にも昭和47年10月から一年間、月刊〈小説サンデー毎日〉誌に「人里風土記」と言う題の紀行文を連載している。その時には、写真家の二村次郎氏と毎日新聞のQ記者と三人で毎月2泊3日ほどの旅をして全国を回ったという。
この連載文は後に『ふるさと紀行』(S51)という書名で毎日新聞社から出版になっている。

いずれも、旅先にはなるべく都市や観光地を避けて、都会に住む人達の郷愁をそそる人里ばかりを選んだのだと言われている。
それが三浦さんらしいのだと思う。


これらの紀行文は文庫本『ふるさと紀行』(1983.8 旺文社文庫)にまとめて収録しされているので、一読をお勧めしたい。

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