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■画像:東京での偲ぶ会の様子。
・皇居に面して建つ会場の東京会館
・受付では「三浦哲郎文学ガイドマップ」が一人ひとりに手渡されていた。
・開場前に飾られた献花
・発起人代表あいさつ・秋山俊さん
・三浦さんとの因縁の思い出を語る瀬戸内寂聴さん
他、ゆかりの人たち
東京での偲ぶ会から半月が過ぎようとしている今、もっと多くの人と面談して置きたかったと悔やんでいる。
会場で出席者の名簿の配付が無かったために、顔触れが分からず、どの人が誰なのか、どこにいるのかさっぱり分からなくて挨拶もできないままに、八戸の人たちの傍で過ごしていた。
今回会えるのを楽しみにしていた名古屋の近藤洋子さんを探そうにも皆目検討が付かなかったので、司会の宮辺さんに尋ねたら、生憎欠席されたとのことだった。
司修さんにもご挨拶して、文庫本『白夜を旅する人々』の表紙絵の題材について確認して置きたかったのに叶わなかった。
折角の機会だったのに、文学散歩ガイドマップについての意見や感想も聞くタイミングを作れないでしまった。
二戸にゆかりの瀬戸内寂聴さんが会場にお見えになったので、二戸から来た者として、また、以前に天台寺で毎年正月にお会いしていた間柄と言うこともあって早々にご挨拶させて頂いた。
三浦夫人と長女の晶子さんにご挨拶をさせて頂いたが、順番待ちの列ができていて、やっとお話できるまで時間が掛かった。
奥様は、疲労が重なり体調を崩して静養されていたと話していたので、呉々もご用心して頂きたい。
以前に金田一温泉を訪れてくれた朝日新聞のSさんにもお会いできた。
司会の宮辺さんに案内されて二人連れの女性が私を訪ねてきた。
このブログの主を探していたらしくて、ブログを読んでくれているという三浦文学ファンの方だった。
昨年の一戸町の葬儀にもわざわざお出で下さったというから、熱烈な三浦文学ファンなのである。
そんな人たちに、いつもこのブログを読むのを楽しみにしていると言われてとても嬉しかったが、高校時代から三浦文学ファンだという大先輩を前に、目覚めてまだ4〜5年と日も浅くおぼつかない私は恐縮してしまった。
鎌倉市の鎌倉エフエムというラジオ放送で朗読をしているというCさんは、番組で三浦作品の短編ものの朗読を続けていて、三浦文学ファンの掘り起こしに取り組んでいるそうで、鎌倉市民のリスナーから反響を得ていると言って感想を頂いた手紙を見せながら話してくれた。
若い人たちにもこんな熱心な三浦文学ファンがいるのだから、Cさんに負けないように三浦文学を知ってもらえる機会をこれからも多く作って行きたいものである。
会が終わり、浅草の神谷バーに向かおうと有楽町駅へ歩きながら、先程の熱心なファンの人の話がもっと聞きたい思いがして、頂いた名刺を確認して電話を掛けてみた。
幸運にもお付き合いして戴けることになり、引き返して東京会館のロビーで待っていると、エレベーターの出口から私を見掛けて会釈をしながら一人の女性が寄って来た。
昨年の廣善寺での葬儀の際に出会った三浦文学ファンのHさんだった。
一年ぶりの再会だったが、よく憶えていてくれたものだ。
Hさんは秋山俊さんの下で三浦文学の研究をしているという大学の言語・文学研究センター研究員で、いくつかの大学で講師も務めている方である。
さて、昨年もたった境内の石段を降りる間だけの時間しか話をできなかった人なので、熱心な三浦文学ファンの話を聞ける絶好の機会を逃したくないのだが、会場で気付かなかったのが悔やまれる。
そこで、これからの浅草行に誘ったら同行して頂けることになった。
と言うことで、思わぬところで同輩を得て偲ぶ会の二次会会場三浦文学ゆかりの地・浅草「神谷バー」へと向かったのである。
つづく。
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