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『海村異聞』・大津波

あの痛ましい震災から10日過ぎたのに、未だに大きな余震が続いていて、その度に大きな音を立てながら家が軋んでいる。
一日中何度も何度も揺れが起きるから、多少の揺れではもう驚かなくなってしまっていることに気付く。
しかし、雪の舞う今夜も避難所で寒い夜を迎えている被災者の人達は、忌まわしいこの余震の恐怖に悩まされていることだろう。

海辺の家や町を根こそぎ呑み込んでしまう大津波の惨状を、毎日繰り返すテレビの映像で見せられると、自然の破壊力にはとても敵わないと思わずにいられない。

テレビで映し出されるのはどの局も同じような大きな町の惨状だが、三陸の沿岸には方々に小さな漁村集落とその漁港が点在していて、そのほとんどが同じように大津波に襲われて壊滅状態になっていると聞く。

青森県と岩手県の境にある三戸郡階上町の漁村も襲われたと新聞に載っているのを読んで、思い当たる三浦作品を紐解いていた。
『海村異聞』の最後に描かれている〈廿一村〉のその情景であった。

《 海は、ざわめき立ちながら、沖の方へ、沖の方へと退いていた。干潮でなかった。干潮より速くて強い退き方であった。浜が広くなった。ざわめきが遠くなった。
 やがて、そのざわめきが聞こえなくなったかと思うと、海は遠い雷のような音を轟かせながら引き返してきた。横一線に仄白い波頭が見えた。高い海であった。水平線がいきなり持ち上がったかのように見えた。そのまま、海は駈けてきた。浜を護っている岩礁に躓いたが、前のめりに乗り越えて、覆いかぶさってきた。浜の雪が、一瞬のうちに消えた。次いで、村の家々の屋根の雪も素早くぬぐったように消えてしまった。
 海は、村を呑み込んだまま、あちこちで猫が舌を鳴らすような音をさせながらゆたっていたが、やがてゆっくりと退きはじめた。木の折れる音がつづけざまにした。木がねじれる音もした。それから、なんの音だかわからない、さまざまな物音が海に引きずられていったが、人間の声はたったの一と声もきこえなかった。
 海は、間遠く三度溢れて、静かになった。
 ―――夜が明けてみると、〈廿一〉の村は、無数の木片と百に近い骸だけになって、渚の波に弄ばれていた。村の跡には、いくつかの土台石が点々と残っているだけであった。静かな朝であった。生きものの気配はどこにもなかった。海鳥の声も、山鳥の声も聞こえなかった。ただ、裏山の鳥塚に捨てられたおびただしい数の鶏の頭だけが、干涸びた片目を並べて変わり果てた村を見下ろしていた。
 
 〈廿一〉の村跡には、いまはかつての地名だけが残っているにすぎない。
 青森県三戸郡階上町大字道仏字廿一。
 あたりに人家の一軒もない。ただ茫々とした岩浜である。》



作者はあえて、津波だとの説明書きは一切していないのに、これを読んだ誰もが、大津波に襲われたのだと分かるだろう。
物凄く臨場感のある文章になっていることに驚かされる。
この文章が現実のものになったのである。
三浦さんもさぞかし驚いていることだろう。


『海村異聞』
 初出「別冊文芸春秋」160号162号
 単行本『暁闇の海』(S58.6文芸春秋発行)
 文庫本『おろおろ草紙』(S61.10講談社発行)
 参考資料――斉藤勝年「松前詰合日記」、最上徳内「蝦夷草紙」

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