■画僧:一戸町探訪
1.郷里の家(一戸の実家)
2.文学碑
3.妻の橋(岩橋橋)
4.一戸駅
5.駅のホーム
6.駅ホームの木造上屋
7.旧県立一戸病院の正門
8.町民バスのバス停(現役)
今日は、八戸市から突然来訪者があり、一戸町の『忍ぶ川』の舞台を案内して来た。
青森県の新聞社で近々三浦哲郎特集の連載を始めるらしくて、その為の『忍ぶ川』の舞台の雪景色を写真に納めたかったようで、編集記者の取材に同行したのだった。
八戸の方は積雪量が多かった(10cm)そうで、一戸はもっと積もっているだろうと、冬景色を期待して来たようだが、到着時間が昼近くになってしまったせいもあり、殆ど融けてしまって文学の舞台の冬景色とは程遠い結果となってしまい気の毒だった。
『忍ぶ川』のクライマックスのシーンといえば、夜中に馬橇が郷里の家の前を鈴を鳴らしながら通る場面のほかに、郷里に帰ってくる2人をおふくろが迎えに出る一戸駅のプラットホームの場面であろう。
ホームも駅舎も通路のトンネルも、皆新しくなってしまって当時の面影は、一部木造で残っているホーム上屋位のものではないだろうか。
それでも、電車に乗り降りするこのホームは紛れもないあの『忍ぶ川』の舞台なのである。
乗客の乗降も写真に納めながら探訪して歩いた。
電車到着に間が有ったので、『愁月記』、『旅雁の道草』の舞台になった「旧県立一戸病院」跡地を案内して、しばらく振りで訪れて見たら、旧病院脇に残っていた看護学校とその寄宿舎の解体工事が行なわれていた。
益々、面影を感じるものが失われていくのは寂しいことだが、ゆかりの場所としてモニュメンタルなものを残して欲しいものである。
今となっては、名称を刻んだ銘板がはめ込まれている正門だけが唯一病院の痕跡を示している。しかし、今回の工事ではそれさえも取り壊されてしまうのかもしれないと思うと、名残惜しくて虚しくなってくる。
家や駅、お寺などからこの病院へ続くいくつかの道路は、三浦さんやその家族たちが通った道なのである。
正門脇に立っていたバス停「旧一戸病院前」に居座り続けてもらうしか無いのかな。
新聞連載は、三浦哲郎生誕80周年、芥川賞受賞50周年を記念して行われる企画で、長期にわたり毎週日曜版に掲載になる予定とのことだから、いずれは書籍になって販売されることになるだのろうと期待している。
同じくゆかりの深い二戸市金田一温泉や一戸町には、今のところ記念事業の機運は全く感じられないのは寂しい。
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