■画像:一戸町の三浦さんの実家(ゆかりの家)
1、2.玄関に掲げられた琴曲教授看板
3.建物裏景色
4.勝手口
5、6.裏の畑から眺める馬淵川と街並み越しの茂谷山
ちょうど一年前の当ブログには、三浦哲郎氏のお姉さまの死去についての記事を掲載した。
昨年3月21日(日)逝去され、同27日(土)に廣全寺にて葬儀が行なわれてから早1年が過ぎた。
●過去の記事
お姉さまの葬儀 2010/3/28(日)
http://blogs.yahoo.co.jp/onikosato/31623873.html
この25日に偶然にも記者の来訪を受けて取材に同行して訪れた、久々の一戸の三浦さんの実家は、窓のカーテンが綴じたままの一年前と変らない姿で存在していた。
玄関の脇に掛けられた琴曲教授の看板もそのままだった。
この家は、養蚕小屋に使われていたこともあると、三浦さんの随筆に書かれているように、長い間風雪や今回ような大地震にも耐えて存在してきた。
失礼して家の裏に足を踏み入れてみると、畑がすぐに崖になって馬淵川に落ち込み、流れの音が聞こえている。
これが河鹿の声が聞こえた崖下の川なのだ。
振り向いて眺めると、ガラス戸の勝手口や、家の隅に斜めに歪んだ外便所が、今は亡き家主の質素な生活振りを感じさせる。
三浦さん夫婦やお子さん達も生活したことがあるこの家に風格を感じるのは、『忍ぶ川』や他の多くの著書に描写された三浦文学の舞台だったからに他ならない。
今は誰も住んでいないこの家は借家のために、今後の行方が気掛かりでならない。
●過去の記事
一戸の家の行方 2010/3/26(金)
http://blogs.yahoo.co.jp/onikosato/31614298.html
故三浦きみ様のご冥福を心からお祈りいたします。
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