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「金田一」がご縁で、岡山県倉敷市の「きんでーち(金田一)会」の方からメールを戴いたので紹介する。
名探偵・金田一耕助誕生の小説「本陣殺人事件」を書いた推理小説作家横溝正史の疎開先だった所に住んでいる人たちが、金田一耕助を楽しむ「きんでーち(金田一)会」を発足させて、横溝正史を研究誌ながら地域おこしに繋げようと頑張って活動しているそうだ。
文学の取組みと「金田一」の名称にご縁を感じて興味を持ってくれていたようで、今回メールを戴くことになった。
《 私は岡山県倉敷市真備町岡田と言う地で生まれ育ちました。近くに推理小説作家横溝正史の疎開宅があります。この地で書き上げた「本陣殺人事件」で名探偵・金田一耕助が生まれました。その由縁で地元有志の手で同地に、金田一耕助を楽しむ集い「きんでーち(金田一)会」というものを発足させ、横溝正史作品や背景などについて学んでいくとともに町おこしにも役立てたいと考えております。(金田一=きんだいち=は岡山弁で言えばキンデーチとなります)。
金田一耕助は1913年(大正2年)東北地方の内陸部の生まれとなっており、2013年にはちょうど100歳になります。名前は金田一京助氏から名付けさせてもらったと、横溝自身書き記しております。金田一温泉には金田一京助氏の文学碑もあるようですが、金田一耕助と金田一温泉とは何か関係があるのかも。もしかしたら生まれたのが金田一温泉あたりであったかも分かりません。
金田一ファンの私自身、妙に親しみを感じる土地名でもあることから、昨年立ち寄らせてもらいました。土地柄、風景はこちら疎開宅周辺の地と似通っているような気もしました。座敷わ??しの話も興味深く、思い出深い温泉地という印象を受けました。先日はブログにもあった「ユタとふしぎな仲間たち」を楽しく読ませてもらいました。
横溝正史は昭和20年から3年余、父母の出身地である岡山へ疎開していましたが、この点は三浦哲郎とも共通するところのようです。正史は1981年に79歳で亡くなっていますが、奇しくも三浦と同じ年です。
きんでーち会は昨年12月に発足したばかりで、毎月第一金曜日に疎開地に近い会場で、横溝作品の紹介や一家の疎開時代を知る古老の証言、金田一耕助イベントで披露された地元の野外寸劇解説、倉敷市真備町の疎開宅近くにある真備ふるさと歴史館(横溝正史コーナー併設)の説明会などを行い、横溝作品の魅力を広めています。同時に聖地と言える金田一耕助誕生の地から全国へ情報発信ができればと考えています。まだまだ始まったばかりですし、今後どうなるのか不安なことばかりです。読書会などもやってみたいとは思っていますが。長年活躍されている貴会のように運営していければと思います。ぜひとも会運営の方策など、いろいろ??指導いただければと思います。
両者の作品の性格は違うかもしれませんが、金田一の名を通じて何かと縁がありそうな両地で交流できないものかと思っています。二戸市やよりゃんせ金田一へも話しかけはしていますが、できることからやれればと思います。私は?仕事を一応終えてしまった自由の身の者で、真備ふるさと歴史館へも交代で管理役を務めます。
取りあえず、情報交換からでも始めることができればと考えております。遥かかなたの地の岡山、こちらでは金田一温泉の知名度はまだまだだとは思いますが、もしかして金田一耕助ゆかりの名前、土地柄では―ということでアピールするのも楽しいと思います。
とりとめのないことを書いてしまいましたが、これを機に今後ともどうかよろしくお願い》
嬉しい申し出を頂いたので、交流をさせていただきたいと思う。
「よりゃんせ金田一」にも問い合せ中とのことなので、一緒に交流していけたら良いと思う。
早速、返事とともに、岡山県に関連した三浦さんの作品を探しだして紹介して上げることにしよう。
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