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■画像:東奥日報新聞連載 三浦哲郎特集第7回目の紙面
東奥日報新聞連載 三浦哲郎特集第7回目は聞き書き「しず女の生涯」である。
生誕80年・芥川賞受賞50年特別企画
毎週日曜日に掲載、カラー誌面
芥川賞作家 三浦哲郎
作風と文学への旅
No.7(5.15) 聞き書き「しず女の生涯」
自立する姿を感動的に
三浦文学ゆかりの地(八戸市):類家 八戸聖ルカ教会
(写真3枚 移設されたしづ女の助産所建物、八戸聖ルカ教会、しづ女が弾いたオルガン)
この話:幾重もの奇遇たのしむ
加藤恵造さん(76)書道家(八戸臨泉会理事長)、八戸市
「明日、八戸へ帰れ」と夫はいった。
「いやです。」と、しづは反射的にいった。
(「しづ女の生涯」から抜粋)
八戸市には助産婦の亀徳しづさんから取り上げてもらって生まれた人が沢山いるそうだ。
高齢になって八戸から東京の次男・立教大学総長の松下正寿氏の家に移り住んで療養していた亀徳しづさんが、自宅の枕元でテレビを見ていて、思い掛けなく芥川賞を受賞した作家として三浦哲郎さんが画面に紹介されたを見て、会いに来るように看護婦に代筆させて手紙を出し、再会できたのだった。
そして、自分の一生を三浦さんに書き留めて貰いたいと頼んで生まれたのがこの小説「しづ女の生涯」なのである。
「私がいなかったら、あなたは闇に葬られてしまったかもしれないのですよ。」
私は笑って聞いたが、あとで独りになってその話を思い出したとき、私は強い衝撃を受けた。
三浦さんはその後まもなくその衝撃を『かな女(じょ)覚え書』という作品に書いたが、亀徳さんの生涯はいまだに書けずにいると、亀徳しづさんを追悼する作品に書いていた。。
『亀徳しづさん追悼』より(「文學界」1966年10月号初出、『おふくろの妙薬』1971年・三月書房掲載)
正に人生の奇遇と、運命を感じさせられる出来事である。
『かな女(じょ)覚え書』が小説「しづ女の生涯」の前作だったのか。
今日も、この新聞を買いに行った県境のコンビニには最後の一部しか残っていなくて、危うく買い損ねるところだった。朝9時では遅いようだ。
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