
■画像:散歩ガイドマップの説明
三浦家から町立図書館へ寄贈された書籍の説明
文学散歩を楽しむ参加者たち
当日の次第
一昨日の移動例会「第63回・6月例会in一戸〈作家三浦哲郎の郷里探訪・一戸〉」は、天候にも恵まれて会員11名に一般21名、総勢32名の参加を戴いて、一戸町の三浦哲郎ゆかりの舞台に親しんで貰い、無事に終えることができた。
一戸町コミュニティセンターで、文学散歩ガイドマップの説明と、三浦家から町立図書館へ寄贈された書籍の説明を行ってから、散歩コースを散策した。
寄贈書籍の説明を、図書館の姉帯司書にお願いした。
本を自宅に受け取りに伺ったときの三浦夫人との応対の様子や書籍の保存、展示の仕方について話された。
寄贈書籍のそれぞれに三浦さんのサインが入っていて、宛名が「お袋へ」や「姉上へ」と書かれていて、発行された時々の家族の背景が伺えるような名前になっていることや、本にはお姉さんが挟んだと思われる栞が所々に入っていたりして、三浦さんやお姉さん、娘さんたちの家族の愛情が感じられることなどを話された。
今後、この本をどのようにして公開したら良いか模索しているとのことだった。
最初の「文学碑」でのガイドは、一戸町文化協会読書会の沢村先生にお願いした。
最も脚光を浴びるであろうここは、通りに面しているのに生垣に囲まれていて通り過ぎてしまいそうなぐらいに目立たないので、電柱配電盤ボックスの移設も含めて改善して戴けないものだろうか。
三浦さん家族が住んでいた「ゆかりの家」は小説『忍ぶ川』の舞台となっていて、三浦ファンにとっては最も興味を持つ場所なのだが、ご遺族への配慮からガイドマップには載せられなかったし、案内も控えさせて頂いている。
しかし、借家だったので今後どうなるのか大変気掛かりで、今、最も注目して貰いたい場所なので、案内できないのがとても残念でならなかった。
《「見える。見える。」
「うち!あたしの、うち!」
「ね、見えるでしょう。あたしのうちが!」〉
志乃は、なおも私の膝をはげしくゆさぶりつづけて、生まれて二十年、家らしい家に住んだことのない志乃の、やっと探しあてた〈自分の家〉を新婚旅行の汽車の窓から遠望し得たよろこびが……》
小説『忍ぶ川』のラストシーンの場面である。
馬淵川の対岸を散策中に、遠くの鉄道からこの家が見えたのだと話しながら「ゆかりの家」の場所を説明して理解を求めることにした。
『愁月記』や『旅雁の道草』の舞台である「県立一戸病院跡地」の説明を終えての散策中に、一戸町から参加したというご夫人に声を掛けらた。
付添婦の岩崎さんと一緒に働いていたと言う夫人は、懐かしく思い出させて頂いたとお礼を言って、岩崎さんの話をしてくれた。
岩崎さんについて色々教えてもらえる人が現れたので、今後の交流を楽しみにしたい。
大勢で散策路をゾロゾロと歩いているので、方々で地域住民が何ごとかと注目していた。
何れはこの光景が日常的に見られるようになる日が来ることを願いたい。
スタートの文学碑での説明が長く掛かり、人数が多かった所為も有って予定時間内では「一戸駅」と「小倉かりんとう店」まで回れなくて省略することになっのは残念であり、参加者に申し訳なかった。
中には、散歩終了後にかりんとう欲しさに「小倉かりんとう店」に向かった人もいたのはまた嬉しいことだった。
散策後にはコミュニティセンターに戻って参加者との意見交換を行った。
盛岡市から参加のKさん(男性)は、転勤で八戸市や二戸市で勤めた時に三浦哲郎のことを知り興味を持っていたので参加したそうで、参加しての感想は、一戸にある三浦文学ゆかりのものを大切に残して欲しい。古くてもできるだけそのままの風合いを変えないように残すようにして欲しいと熱望していた。
三浦哲郎と言う作家には興味を持っているが、本を読んだことが無かったという参加者も多くいたが、この会に参加したお陰でとても良く理解できたので、早速、本を読んでみたいと言って貰えたことは、開催者として大変嬉しいことだった。
今回は、お願いしていた新聞の予告記事が直前の前日に掲載になったために、予約なので参加したくても諦めた人も多くいたようだが、それでも当日朝に電話で申し込んで盛岡から駆けつけてくれた参加者もいて、熱心な文学ファンのいることを知らされた。
水沢読書連絡会は小野寺会長以下4名の参加を戴いたが、9月6日には大勢を誘ってバスで再訪することになっているそうだ。
期待していた一戸町民には多く参加して頂けなかったが(6名)、参加した人達からはこれからの意気込みが聞かれた。
果たして、一戸町民による三浦哲郎文学顕彰のサークル立上げの切っ掛けに成り得ただろうか?
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