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瀬戸内寂聴を唸らせた「夜の哀しみ」。
三浦さんは、どうしてこんなにも上手く「女の性(さが)」を描写できるのだろうか。
いつものことながら、大胆な表現でありながら、いやらしさを感じさせない。
「哀しみ」なのである。
この小説が連載された新聞は、さぞかし明日が待ち遠しかったに違いない。
精魂込めて書き続けた作者の新聞小説に対する意欲が、読み手のハラハラ、ドキドキ感を一年間掻き立て続けたのであろう。
三浦さんは、その意欲について新潮文庫のあとがきに次のように書いている。
登世にモデルがいるのかと、よく尋ねられたが、しいていえば、登世のモデルは私だということになるだろう。…
この一年、私は登世に溺れて暮らした。毎日、片時も登世のことを忘れたことがなかった。…
私は、くる日もくる日も、食事時に階下へ降りるだけで、あとは早朝から夕刻までをそこで『夜の哀しみ』を書いて過ごした。いまの自分の最良の文章をと念じながら、一日一回分、たまに二回分書けることもあった。そんなときは、かえって不安になって何度も読み返した。
一日で読み捨てられる新聞の連載だから、もっと気楽に書けばいいのにという人もいるが、私は、そうは思わない。一日だけのものだからこそ、せめて一行でも読書の印象に残る文章が書きたいのである。読者をなめて、書き手が勝手に調子を落としたから、新聞小説から文学が消えたのではなかたか。
新聞に連載小説の欄が存続している限り、書き手は心して、おびただしい数の読者のために再びそこに文学を呼び戻さねばならない。
三浦さんには、まだまだ書かなければならない〈北の哀しみ〉があると言って、この作品を第一篇として、装いを改めて第二篇への旅を試みようと思っていると書き残したのは、平成5年1月のことだった。
連載中に聞き続けていたというフォーレのピアノ曲に私も親しんでみることにしよう。
先ずは、安らぎを求めて三浦さんお勧めの「ノクターン」の曲を聞きたい。
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