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■画像:馬淵川〜長谷川合流地点の砂場は短編小説「水仙」の舞台
金田一温泉郷には三浦文学作品に登場する舞台がそこかしこにある。
私の毎朝の散歩道にも、そこに差し掛かると思い出す場面がある。
短篇小説『水仙』より
<…私はゴム長を履いて朝靄のなかに出た。
父は、自分の釣り場にしている砂の岸辺に腰を下ろして、ひっそりと打ち釣りの竿を振っていた。足音をしのばせていって、背中に声をかけると、父はちょっと驚いたように振り返って、唇に人差し指を立てて見せ、それから右脇の砂の上に釣り上げたおびただしい数の小魚を刺した。
私は父の背後にしゃがんで、
「大漁だ。」
と囁いた。父は笑って頷いた。
「まだまだつれる。」と父は私に顔を寄せてきていった。「やってみるか?」
わたしは、竿を受け取るとき、母が呼んでいると父に伝えた。父は訝しそうに私を見た。
「…なんで?」
と訊かれても、私にはなにもいえなかった。
「なんだかわからない。」と私はいった。「とにかく早く帰ってきてくんせって。」
父は、ちいさく舌打ちして、ポケットから煙草を取り出したが、私が竿を十回ほど振ってみてから、「さっぱりだ。」と振り向いたときは、もう黒いジャンパーの背中が田んぼの畦道の靄のなかに薄れかけていた。
私は、まだ父のぬくもりの残っている石の腰掛けにひとりになると、急に心細くなって、竿を振る腕にも力が入らなかった。こんなときに兄がいてくれたらと、行方が知れなくなってからちょうど一年になる次兄のことをそう思ったりした。私は、その兄から学費を貰って大学へ通っていたが、途中でやめて帰ってきて、いまは郷里に新しくできた中学校で代用教員を勤めていた。兄の最後の手紙にはかならず帰ると書いてあったが、当てにはならない。このまま兄が帰らなければ、六人きょうだいが姉と私の二人きりになってしまうが、その姉もまた、あんなただならない鼾をかいて眠りから覚めない……。
私は、村の家には休みに帰ってくるだけだが、帰ったところでなにもすることがなくて、父に打ち釣りを教わっていた。けれども、その朝は、竿の先で川面を叩いて、せっかく集めた魚を散らしてばかりいた。それに、口のなかが変に乾いて、撒き餌の荏胡麻を口に入れて噛みたくなかった。
それでも、私は、家に帰りたくない子供が棒切れでいつまでも水溜りを叩いているように、靄がすっかり消えて日が昇るまで、釣れるでもなしに川べりにいて、それから大部分は父が釣った小魚を魚籠に拾い集めて引き揚げてきた。>
ここの釣り場での場面については短編小説『河鹿』』にもっと詳しく描写されている。
‹父親は、市では呉服屋の店を持っていたが、戦後はその店も手放して、村に住むようになってからは近在のちいさな呉服商や洋品店相手に衣類仲買人のような商売をしていた。問屋から注文していた品物が届くと、それを風呂敷で背負って届けにいって、ついでにまた新しい注文を取ってくる。父親の仕事といえばそれくらいのもので、あとは気ままに、薪割りをしたり、朝な夕なに川へ釣りに通ったりして暮らしていた。
父親の釣りは、打ち釣りといって、川岸に陣取り、村ではジュネと呼んでいる荏胡麻を口に含んで噛み砕いては、唾液と一緒に川へ噴き散らしながら、細身の竿でゆっくり川面を打つようにして雑魚を引っ掛ける釣りである。釣糸は西洋人形の髪の毛のように細く、鉤には、湾曲したところにジュネの噛み汁に似せたセルロイドの粒がついている。これを、雑魚がジュネの噛み汁に群がっているところへ落としてやると、忽ちあわて者が引っかかってくる。
私は、自分で釣るよりも父親が釣るのを眺めている方が好きで、よく暗いうちから起き出して、朝釣りについていった。父親は、前から目をつけていた釣り場に着くと、まず川原から椅子の代わりにする石を運んできて、それを砂地の水際に据える。その石の腰掛けから右手の方の水際に沿って、砂地へ釣り上げた魚が飛び跳ねても川へ落ちないように拳大の石をきっちり並べるのが私の役目で、その間に父親は竿の用意をする。
用意ができると、ゴム長の脚を流れに半分入漬けて、石の腰掛けに腰を下ろす。ポケットからゴールデンバットの袋を引き出して、いかにも旨そうに一服する。それから、ラムネの瓶に詰めてきたジュネをすこしずつ喇叭飲みして、撒き餌をする。すると、忽ちあたりの川面は魚の口で泡立ちはじめる。魚の寄り具合が思い通りだと、父は斜めうしろのすこし離れた砂地に腰を下ろしている私を振り返って、声をださずに大笑いをして見せた。
河鹿の鳴く季節になると、夜明けの川は無数の鳴き声が濃密に重なり合って、なにか息苦しいほどだった。河鹿は水際に腰を下ろしている父親の足許でも、股倉の下でも鳴いた。父親は、河鹿の声に包まれて、寛いでいた。私は、父親が川で釣りをしているときほど、翳りのない、和んだ顔をしているのを見たことがなかった。父親はもう六十を過ぎていたが、どこかの日当りのいい農家の楽隠居のように見えた。とても息子や娘たちに、次から次へと裏切られてばかりいた、不運な父親には見えなかった。ましてや陰気な拳銃をこっそり隠し持っているような人間の影など、どこにも見えなかった。……›
そして、短編小説『盆土産』では、帰省する父のために蕎麦の出汁用にと主人公が雑魚を釣る場面もここを描写している。
温泉郷での打ち釣りの釣り場については、地元金田一の中学生たちが国語の教科書で『盆土産』を習っていることもあったので、三浦さんの自宅でお会いした時に、そのことを報告しながら、打ち釣りをしていた場所を訊ねたことがあった。
そしたら、この辺一帯で釣っていたと話してくれた。
三浦さんは、他にも色々な作品に「打ち釣り」のことを書き残している。
三浦文学では「打ち釣り」は父親の思い出として重要な題材なのである。
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