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■画像:『水仙』に登場する「土橋」の場所には木橋が復元されている。
木橋の先の登り坂「ダンジャ坂」は「ゆかりの家」まで続いている。
因みに、「ダンジャ」は三浦さんのお父さんの実家=「ゆかりの家」
の屋号だった。


『水仙』に描かれている土橋 は、平成11年10月の集中豪雨による大水害でここ長川が氾濫して流失してしまった。
その後の災害復旧による護岸工事の際には橋は架けられないままになってしまった。
後に、三浦文学ゆかりの橋であることを知った地域の人たちによって木橋となって復元されたのであった。


短篇小説 『水仙』 より

 それでも、私は、家に帰りたくない子供が棒切れでいつまでも水溜りを叩いているように、靄がすっかり消えて日が昇るまで、釣れるでもなしに川べりにいて、それから大部分は父が釣った小魚を魚籠に拾い集めて引き揚げてきた。すろと、家の方へ登る坂道の登り口にある土橋のたもとに、小野木さんの錆びた自転車が横倒しに乗り捨ててあった。
私は、家へ帰ってくるのが早すぎたのか、それとも遅すぎたのか、判断に迷った。つい坂道を上る脚が鈍って、立ち止まっていると、上から誰か人が降りてきた。私は、それが小野木さんだとわかると、それきり坂道を上ることを忘れてしまったが、小野木さんの方も私を見て、ちょっとためらったような足取りになった。けれども、小野木さんは立ち止まらずに、朝日に眼鏡を光らせながら、膨らんだ手提鞄の方へすこし軀を傾けるようにして降りてきた。
私たちは、お互いになにごともなかったように朝の挨拶を交わした。小野木さんは顔を力ませるようにして笑っていた。
「釣りですか。いいですね。」
口髭が赤かった。それがゆっくりそばを通り過ぎようとして、やはり立ち止まった。
「夕方、向こうへお帰りですね。」
そういわれて、私は急に、きょうが日曜日だったことを思い出した。むこうというのは、私の勤め先のある町のことだ。
「今度は、いつ、こっちへ?」
「……多分、来月になると思いますが。」
「じゃ、もうお会いできないかな。」と小野木さんはいってせわしく目をしばたたきながら私を見た。「実は僕、もう二、三日もすると、東京へ引き揚げるんですよ。僕はずっとここにいたいんですが、いろいろ事情があってそうもいかなくなりましてね。それに、僕は戦時中の医専出身ですから、いまのうちに、もういちどしっかり勉強し直しておかないとね。じゃ、これで……。どうぞお元気で。」
「先生もお元気で。」
急なことで、私は面食らいながらそういってお辞儀をしただけであった。坂道の途中までくると、小野木さんの自転車が土橋を渡って軋むのがきこえた。


 好きな小説のこの一節に触れてしまった今は、この木橋の登り口にさしかかると、小野木さんの倒れた自転車の置かれた場所はどこだったろうと思うのである。




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