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今年も芥川賞、直木賞の選考発表の時期が来た。
第146回芥川賞・直木賞(日本文学振興会主催)の選考委員会が17日、東京・築地の料亭「新喜楽」で開かれ、
芥川賞に
円城 塔(えんじょう とう)さん(39) 「道化師の蝶」(群像7月号)
田中 慎弥さん(39) 「共喰い」 (すばる10月号)、
直木賞は
葉室麟(はむろ りん)さん(60) 「蜩(ひぐらし)ノ記」(祥伝社)
に決まった。
又もや異色の作家たちの登場である。
高年齢の受賞者のせいか、文学の中身も評価が高いらしい。
葉室麟さんの「蜩(ひぐらし)ノ記」を選考委員の浅田次郎さんが「これまでにない完成度だ」と絶賛している。
二人は私と同じ60歳である。
この発表には文学の興味もさることながら、受賞者の人間味の方に興味を覚えるのは私だけだろうか。
田中さんは山口県下関市在住。県立下関中央工業高卒。5度目の候補だという。
これまでに一度も就職をしないで、母親の世話になりながら小説を書き続けてきたという異色の人である。
記者会見では「気の小さい選考委員が倒れて都政が混乱しますので、都知事閣下と都民各位のためにもらっといてやる」などと発言したが、芥川賞の選考委員を務める東京都の石原慎太郎知事(79)は「いいじゃない、皮肉っぽくて」と受け流しているという。
その石原さんは「今回で辞める。刺激がない。駄作のオンパレードだ」と選考委員会を退任する意向を示したそうだ。
同じく芥川賞選考委員の黒井千次さんは「古いタイプの伝統的作品と、現代的で知的な作品の同時受賞となった」と言い、「共喰い」は「文章の密度が高く、人物を含めた生活の描き方がダイナミック。普通の才能ではない」、「道化師の蝶」は「不思議でファンタスティックな面白さを追いかけることができる。今までの小説と違う新しさと面白さが注目された」と評している。
その黒井千次さんも今回で退任するらしい。
「忍ぶ川」で第44回芥川賞(昭和35年/1960年下期)を受賞した三浦哲郎氏も選考委員を長年務めた
在任期間 第91回〜第133回(通算21.5年・43回)
在任年齢 53歳3ヶ月〜74歳3ヶ月
退任する時に三浦さんが語ったことを思い出してしまう。
■当ブログ過去の関連記事
芥川賞選考 2010/1/14(木)
http://blogs.yahoo.co.jp/onikosato/31253815.html
芥川賞…「文章が一番大事」 選考委員を退任した三浦哲郎さん
(2006年1月19日 読売新聞) http://www.yomiuri.co.jp/book/news/20060119bk09.htm
「この賞を取るか取らないかで、将来が大きく違ってくる。僕自身、身をもって分かっているので、軽々に作品を判断することはできなかった
時代性重視の風潮に違和感
作家の三浦哲郎さん(74)が、芥川賞の選考委員を退任した。1984年の第91回から昨夏の第133回まで20年余。退任を決意した経緯、選考会での思い出などを語ってもらった。(聞き手・山内則史)
病気(脳梗塞(こうそく))はいっこうに良くならないし、段々体力がなくなってくるでしょう。年齢もあって、一人になると、もうおしまいだなあと思うことがしばしばなんですよ。そういう身体の状態で、人の作品について言うのは、どうかと思いましてね。
時代も変わって、今、作品の中に出てくる高校生の生活なんか、僕には理解できないんだ。僕らの高校生活とは全く違いますから、読めないんですよ。先に進めない。
吉行淳之介さんが健在のころ、「自分は芥川賞をもらって世の中に出たから、いくらでも後輩のために力になろうと思ってやってきたんだけど、もういいだろう。もう勘弁してくれ」と言っておられたのが70の時。非常に印象的でした。いかにもくたびれたっていう感じでね。僕も、「もういいだろう」と言いたいな。
僕は本来、選考委員なんていう役目の素質がないんだ。人と争って、言葉で相手を圧倒するようなことはできない。こういうのに芥川賞を出してはいけないと、テーブルを叩(たた)いて反対意見をいう勇気がないんですよ。そういうのがなければ、選考会では駄目ですね。
川端康成っていう人は強かったんだなあ。何も言わないで、最後にポツッと「これは駄目ですね」って言ったんでしょう? 今、そういうのはないんです。一人ずつ順番に意見を言って。あれは本当に嫌なんだ。
僕が選考で重視したのは文章です。文章が一番肝心なことで、文章さえよければ気持ちよく読めるわけですから。作品の中に、作者はいろいろな思いをつぎ込みます。それがより伝わって来る。自分の中で推敲(すいこう)しながら読むみたいな作業になりますから、文章が悪いといけませんねえ。
で、選考会で文章が大事だってことを力説するんだけれども、段々効力がなくなってきた。それは職人的な考え方ではないか、という風潮が強くなった。文章が大事という思いを、編集者も作家も持たなくなってきた気がします。何か別に大事なものがある。例えば、時代性のようなことでしょうか。
その点、開高健は、わりに文章を重視するところがありました。作品の中に人をドキッとさせるような一行があればいいんだ、その一行をあらわすのが新しい小説なんだと言っていた時期があったんです。僕も、その通りだと思うなあ。
読者にとって忘れられない一行というのがあるわけです。そういう一行でぴたっと文章を終わらせなければいけないといつも思っている。だから僕は、どうしても少数派の肩を持つことになる。僕の推薦したものはいっこうに受賞しない。
しかし何行かでも、いいところがある作品を推したかった。そして、励ましたかったんですよ。だからせいぜい、選評でそれを書く。もったいない人だな、という気持ちもあるし。会心の選考会というのは、だから残念ながら経験がない。
でも、松浦寿輝さんが出てきたときは、文章がいいと思った。それと藤野千夜さん、受賞に至らなかったけれど栗田有起さんの「お縫い子テルミー」も好きな作品だった。
何しろ、病気ですからね、なかなか思うようにいかない。力の調節がつかなくて、鉛筆をうまく握れないんですよ。僕は原稿の字がきれいなので有名だったんですが、今はミミズの行列になってしまいました。
しかし、病気の状態にもある程度慣れてきましたので、群像で近々、連載小説「肉体について」を再開します。おととしの夏以来ということになりますか。自信がなくて編集者に聞いたら、面白いっていうんで、もう何回か頑張ろうと思って。
「モザイク」は、これまで70編ぐらい書いたのかな。そっちもとても気になっています。何とか100編書きたい。『白夜を旅する人々』の続編もやりたい。早々に山の方(八ヶ岳の山荘)へ行って「モザイク」を書いてみたいな。去年は一度も行けなかった。そんな年は今までなかったんですよ。
みうら・てつお 1931年青森県生まれ。61年「忍ぶ川」で第44回芥川賞。著書に『拳銃と十五の短篇』『白夜を旅する人々』など。100編を目指して書き継いできた短篇集〈モザイク〉は、第3集まで刊行されている。
(2006年1月19日 読売新聞 記事より転載)
今回の受賞者の三者三様の生き様が、多くの人に刺激を与える物語性を秘めていることに芥川賞、直木賞の価値があるように思えてくるのである。
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