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三浦哲郎著『水中の神話』(S47.1角川書店発行)(『湖影』(S28.7集英社発行)を 改題)に描かれている青森・秋田県境の十和田湖に墜落した旧陸軍の練習機が69年ぶりに引き揚げられて地上に姿を現したというニュースが昨日駆け巡った。
亡くなられた4名の搭乗者の方のご冥福を祈りたい。
各新聞社の掲載ニュースを紹介する。
■岩手日報 2012.9.5
旧陸軍の練習機69年ぶり地上に 青森・十和田湖で引き揚げ
青森県の十和田湖で5日、湖底に沈んでいた旧日本陸軍の訓練用飛行機「一式双発高等練習機」とみられる機体が青森県航空協会の有志らの手で69年ぶりに引き揚げられた。現存する同型機はなく、協会関係者は「貴重な航空遺産だ」と話している。
練習機は1943年、秋田県の旧陸軍能代飛行場から青森県の八戸飛行場に向けて飛行中、エンジントラブルで十和田湖の湖面に不時着し、そのまま沈んだ。
引き上げられた機体は、表面の金属板がところどころ剥がれるなどしているが、さびはひどくなく比較的きれいな状態。胴体と主翼には日の丸がはっきり確認できる。
次に紹介する東奥日報社のweb版は動画付きになっている。
■東奥日報 2012.9.5
戦時中の1943(昭和18)年に十和田湖に不時着水して沈んだ旧陸軍の「一式双発高等練習機」とされる機体の引き揚げ作業が5日朝から十和田湖畔宇樽部地区の造船所で本格的に始まり、同日午前10時すぎに尾翼など機体の一部が69年ぶりに湖上に姿を現した。
戦時中の1943(昭和18)年に十和田湖に不時着水して沈んだ旧陸軍の「一式双発高等練習機」とみられる機体の引き揚げ作業は5日午後、最後に残った本体部分を引き揚げて無事完了した。胴体側面や主翼には赤い日の丸がくっきり残り、東北財務局青森財務事務所が旧陸軍機とほぼ断定した。国内に現存する同型機はなく、引き揚げ作業を行った県航空協会の有志らは貴重な歴史資料として、復元後に県立三沢航空科学館で展示する方針。
動画付き 最後に引き揚げられた機体本体部分。翼端長は約18メートルある=5日午後3時13分ごろ、十和田湖畔宇樽部
実は、一昨年、湖底に沈んでいる機体を発見したときのニュースにも、湖底の機体の動画が添付されていて、今でもそれを見ることができるようになっている。
これで十和田湖から一つの「湖影」が消え去ってしまった。
この機体が復元展示されることになるそうなので、是非、三浦哲郎さんが書き残したゆかりの作品「水中の神話」と共に語り継がれていくようになってほしいと願っている。
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9月に入っても猛暑が続いているが、すがすがしい朝は心なしか秋の気配がする。
久しぶりに朝の散歩に金田一温泉まで歩いてきたが、田園の稲穂は頭を垂れて色づき、赤とんぼが方々で飛び交う姿はやはり秋を感じさせる。
馬淵川の石淵橋の下では、水面を盛んに飛び跳ねている小魚を見掛けたが鮎だろうか。
橋から見渡す川の辺りは、三浦さんとお父さんが打ち釣りを楽しんだ場所。
水辺の石椅子に腰掛けてジャッコ釣りをしている姿が思い浮かぶ。
多くの作品に描かれている舞台なのである。
散歩途中に携帯電話のカメラで写してみたら、意外にも空の青色が水面に映えてきれいに写っていた。
国道4号線金田一バイパス入り口には、イエローカラーのWの文字が宙に浮いた「金田一温泉歓迎アーチ」が水田地帯にポツンと建っている。
「W」はこの二戸広域旧5市町村を連帯する「カシオペア連邦」のマークを表している。
各市町村の庁舎所在地を線で結ぶと星座のカシオペア座と同じ形になることから命名されたのである。
金田一温泉郷はその「カシオペアランド」として位置づけられている。
三浦さんが作品に描いている時のような歓楽郷としての復興を望みたい。
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栗原小巻と加藤剛が出演した映画「忍ぶ川」をご覧になっていない方には、ほんのお触り程度ですがYouTubeに掲載されているので紹介しよう。
観た人も懐かしく思い出しながら鑑賞して下さい。
他にもありました。
人気急上昇中の野路由紀子 忍ぶ川をガイド。三浦哲郎の映像や写真を交えてどこより も詳しく解説。
映画「忍ぶ川」1972年(昭和47年)製作 原作は三浦哲郎の小説「忍ぶ川」(1960年芥川賞受賞) 加藤 剛(哲郎) 栗原小巻(志乃)
曲 作詞:吉田 旺 作曲:渡辺岳夫 編曲:松山祐二 残念ながら私はテレビドラマは見ていませんが、この歌が主題歌だったテレビドラマの方は、主演が上村香子と横光克彦(現国会議員)だったそうです。原作にぴったりの時代を感じさせるいい歌ですね。
熊井啓監督が敢えて白黒映像に拘った思いが分かるような気がします。
当ブログの過去記事
聞記事:コマキスト生んだ名作『忍ぶ川』 2010.9.9を読めば場面の見方がまた変わります。
この記事の詳細について知りたい人は、是非監督の著書をお読み頂ければよろしいでしょう。
熊井啓監督著『映画を愛する』 2010.1.4 |

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三浦さんの親友で歯科医師の立花義康さんが、自宅の敷地内に三浦さんの文学碑を建立して三回忌の29日に大勢の関係者を招いて除幕式を行ったというニュースが出たので、デーリー東北さんに失礼して紹介させて頂く。
立花さんの自宅敷地は広くて庭も立派だと伺っている。
碑には「忍ぶ川」から「志乃をつれて深川へいった」の一文が記されたというが、立花さんに贈られた三浦さん直筆の色紙があった筈なので、それから引用されたのだろう。
毎日見守るように文学碑を仰いで生活する立花さんの親友への思いは尊い。
これを切っ掛けに、それぞれの三浦文学ゆかりの地に、その舞台に因んだ文学碑が建立されて、多くの人に触れて貰えるようになって欲しいと願わずにいられない。
そして、金田一温泉にもいつの日にか文学碑が建立される時を密かに待ち望んでいる。
■デーリー東北新聞社 2012.08.30
三浦哲郎記念碑、三回忌に合わせ除幕式
八戸市出身の芥川賞作家三浦哲郎さんの三回忌となった29日、三浦さんの親友で、三浦哲郎文学顕彰協議会会長の立花義康さん(81)=同市=が自宅敷地内に建立した三浦文学記念碑の除幕式が行われた。出席者が三浦さんの冥福を祈るとともに、記念碑の建立を祝った。
石碑は高さ1メートル30、幅1メートル。正面は三浦さんの芥川賞受賞作「忍ぶ川」より、冒頭部分の「志乃をつれて深川へいった」の一文が、裏面には数々の文学賞受賞歴が刻まれている。 除幕式には来賓や協議会の会員、八戸小学校同期会、旧制八戸中学校バスケットボール部の仲間ら45人が出席。立花さんや出席者が除幕すると、三浦さんをたたえるつややかな石碑が姿を現し、拍手が湧き起こった。 立花さんは「三浦文学の普及が私の役目。これからも精励していきたい」とあいさつ。三浦さん、立花さんの旧制八戸中学校同級生である梅内敏浩さん(元青森銀行頭取)は「立花君は本当に素直に三浦君を信じ、愛した」と立花さんの人柄に触れながら話した。(佐々木萌) 【写真説明】 三浦文学記念碑を除幕する立花義康さん(中央)と妻の京子さん(左)=29日、八戸 |



