|
こな雪
つぶ雪 わた雪 みづ雪 かた雪 ざらめ雪 こほり雪 津軽には七つの雪が降ると言う。 昨秋、五所川原市金木町の斜陽館を初めて訪れた時に、売店で来館記念のつもりで購入した名作旅訳文庫2青森:太宰治『津軽』を捲ると始めに「津軽の雪」(東奥年鑑より)として掲載されている。 どこかで聞いたことがあると思ったら、岩手県出身の歌手新沼謙治が歌っている「津軽恋女」の歌詞であった。 何度も繰り返し歌われるので耳にこびり付いて離れないのである。 一年の三分の一も雪に閉ざされて生活していると、雪にも色々な表情が見えてくる。 そんなことを文学者たちは実に名文に描くものである。 〈凍てつくように寒い夜、家のなかで炭火をどっさり置いた炬燵に入って、外を通る人の足音に耳を澄ましているのも好きである。 雪を踏みしめる音は、履物によって、また、それを履いている人によって、みな違う。 若い女性のレインシューズは、リ、リ、である。 男のゴム長は、リュイ、リュイである。 農夫のツマゴ(藁で作った雪靴)はリャッ、リャッ、である。 年寄の高下駄は、リーン、リーンである。 誰も通らなくなると、じいんと耳の奥に静寂の音が湧いてくる。 雪の降る晩の静けさは、まるで地の底にでもいるかのようだ。〉 三浦哲郎氏は初めての随筆集『おふくろの妙薬』に掲載の『郷里の雪』で、一戸の雪をこのように描いている。 雪国の人達には真っ白いキャンバスの雪の中から、素晴らしい情景が見え、聞こえてくるのである。 静まりかえった夜に、遠くから鈴の音を鳴らしながら近づいてくる馬橇の気配を感じて体が騒ぐような子供の頃の情景が懐かしい。 急いで外に駆けだして行って隠れるように馬橇の後ろに掴まって滑る遊びが密かな楽しみだった。 ほっぺも、耳たぶも、手の甲も霜焼け、アカギレの瘡蓋(かさぶた)だらけになるのもお構いなしに、どうしてあんなに夢中になれたのだろうか。 今夜も窓の外は降る雪とシバれる夜なのだが、昨今の高気密高断熱の家からでは、外の足音や風の音も聞こえてこない。 今夜は何雪だろう? このように情緒が失われては人の心を打つような名文は生まれてこない。 現代住宅の中の暖かさとは裏腹に、田舎の冬はこれから更に一段と厳しい寒さを迎える時節に入ろうとしている。 |
過去の投稿日別表示
[ リスト | 詳細 ]
2013年01月22日
全1ページ
[1]
全1ページ
[1]





