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「三浦哲郎文学の旅」を終えた神奈川県の川村さんから、無事に帰宅したと、丁寧なあいさつをメールで頂いた。
金田一温泉郷と一戸町の文学散歩をした他に、青森経由で帰る途中で、八戸市に立ち寄り、市内のゆかりの場所も訪れて帰られたとのこと。 読む会発行の「文学散歩ガイドマップ」をフルに活用して楽しんで頂けたようである。 もちろん、青森県近代文学館で特別展の原稿や雑誌「平凡」などの展示物も堪能されたそうだ。 川村さんは、隣の三戸町にある〈繭子の像〉にも興味を持っていたようなので、それは、今度の楽しみになることだろう。 鞄に詰めて持ち帰った林檎を、八戸の文学碑の前で、碑を眺めながら昼食代わりに、また、野辺地の宿と寝台列車の中でも美味しく戴いたそうだ。 鞄の中に入れておいたら、鞄の中がほんのりと林檎の香りがして、食べてしまうのが勿体ないほどだったという。(菅原会員のところで分けて頂いた新種の岩手林檎〈はるか〉で、特急品「冬恋」は一個5,000円もの値が付くほどの高級品である。) 今回の旅を経験したことで、これから三浦文学を読むときに、実際に、情景を目の前に浮かべることができ、また、新たな視点で、三浦文学を体験できそうで、とても楽しみだという。 生まれも育ちも神奈川で、故郷というものを持たない彼女は、三浦文学を読むことで、又、実際に舞台を訪れたことで、これからは、金田一や一戸を〈こころの中の故郷〉と位置づけ、彼の地に思いを馳せたい。そして、思いを馳せるだけでなく、ぜひぜひ、再訪したいと思ってくれているそうだ。 「読む会」の例会にも参加して、会員たちと交流を持てたこともあって、会の活動への協力も頂けることになった。 川村さんには、文学散歩途中で宣伝しておきながら、手渡せなかった冊子「作家生活50年 三浦哲郎の世界」を、注文されたので送り届けることにしている。 今回は、全国の数多の三浦文学愛読者の中から、一人の勇気ある人に出会い、そして、ふれあい、このような充実した「三浦哲郎文学の旅」を体験して頂けたことを、大変嬉しく思っている。 こちらも良い体験をさせて頂いた。 今度は、寒くない季節に再訪頂けることを楽しみに待ちたい。 先日の「割烹旅館おぼない」で、別の遠来のお客さんが、来宿してから三浦哲郎ゆかりの場所であることを知って、とても残念がって発っていったそうだ。 三浦哲郎の愛読者たっだそうで、散策する時間が無かったので、今度、改めてゆっくり訪れて見たいと話していたという。 又、同じく一戸町の広全寺でも前日に、神奈川から来たという中年夫婦が、三浦さんのお墓を訪ねて来たと話していた。 そして、九州から毎年わざわざ訪ねてくれる熱烈な三浦文学ファンもいるというから、頭が下がる思いがしている。 |
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三浦さんの著書に無い作品が新たに2編手元に届いた。
1.松田毅一著『黄金のゴア盛衰記-欧亜の接点を訪ねて』「解説」 (昭和52年9月10日・中央公論社刊 文庫) 2.『今官一作品下巻』月報 「『幻花行』のことなど」 (昭和55年8月30日・津軽書房刊) 今回、青森県近代文学館にお願いして、これらの複写を提供して頂くことができた。 三浦文学ファンなら、それぞれの本の著者の略歴を見れば、三浦さんとの間柄が想像できるだろう。 ※wikipediaより ■松田毅一(1921.T10.5.1〜1997.H9.5.18) 香川県高松市出身の歴史学者。 専門は戦国時代から江戸時代初期の日欧交渉史。特にポルトガル・スペインとの関係史。 著書に『天正少年使節』(1965年 角川新書刊)もある。 ■今 官一(1909.M42.12.8〜1983.S58.3.1) 青森県弘前市出身の小説家。 早稲田大学露文科中退。同郷出身の太宰治と親しく、桜桃忌の名は今によって名付けられた。 1956年(昭和31年)、『壁の花』で第三十五回直木賞を受賞。 この2編を読んで、又、三浦さんの新たな思いを知ることができた。 今度の例会で会員の皆さんに披露することにしよう。 そして、ご協力頂いた青森県近代文学館に感謝しながら、読む会の「ゆのはな文庫」に所蔵させて頂くことにする。 |
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弘前市在住の鼻和会員から教えて戴いた、三浦哲郎作品が載っている雑誌『鉄道歳時記4 冬』を、ネット通販で購入した。
先日の例会でも取り上げて、皆で輪読したその作品は「我が思い出の冬の旅 夜汽車の思い出」というタイトルで、8ページ弱書かれている。 〈セピア色の記憶〉〈冷えとぬくもりの記憶〉〈酒の匂いのする記憶〉の三章からなっている。 内容は、三浦文学の愛読者なら誰でも興味を持ちたくなるいくつかの発見が見られるから堪らない。 そして、何よりも私たちにとって懐かしい一昔前の一戸駅や八戸駅、上野駅の写真が掲載されているから、購入しないでいられなかったのである。 〈酒の匂いのする記憶〉では、都落ちして一戸町で暮らしている時に生まれた長女に、父親らしいことを何一つしてやれないでいたので、せめてクリスマスのプレゼントを買ってやりたい思いで、短編小説を書いて八戸の総合雑誌に持込むのだった。 そして、貰った原稿料でデパートに行ってセルロイド製の起き上がり小法師を買い、残りのお金で同僚と酒場で飲んでから、夜半の汽車に乗って帰る。 しかし、酔いが回って盛岡まで二時間半も乗り越してしまった。 それでも運良く、直ぐに下りの夜行列車に乗ることができて引き返し、一戸駅まで戻った時は、既に夜中の三時半を過ぎていたそうだ。 足跡ひとつない雪降りの道を、途中から足袋はだしになり、脱いだ雪下駄を片手に持って、おもちゃの箱包みを抱えながら、除雪車のように歩いて家路に急いだという。 ここで、書かれた小説とは、この頃書いた唯一の小説は「村の災難」だったと記憶しているが、果たしてそれのことだろうか。 お銀さんの旅館の部屋を借りてそこで書き上げたもので、仕事が見つかって上京するために背広を買う原稿料稼ぎが目的だったと何かの作品に書いていたことを思い出すのだが、これを読むと、少し話が違っている。 はたして真相は如何に。 ■写真:三浦さんの「我が思い出の冬の旅 夜汽車の思い出」が載っている雑誌「鉄道歳時記4 冬」 (昭和60年12月10日 小学館発行) 表紙写真は北上線陸中大石〜陸中川尻間とのこと。 |
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自分が亡くなった時には、春覚さんにお経を上げて貰いたいと言っていたくらいに、広全寺の春覚東堂と三浦哲郎氏のご縁は深く、広全寺に纏わる作品も多く残されている。
昨日、一戸町の文学散歩で広全寺に寄った際に、お寺にご挨拶をして、読む会の移動月例会をお寺で行わせて頂きたい旨の相談をさせて頂いた。 一昨日の例会で、高齢になった春覚東堂が健在なうちに、三浦さんのお話を伺う機会を設けてはどうかとの提案を熊谷会員から戴いたので、3月例会に予定できないかと思って、相談したのだった。 しかし、お寺の都合が悪いらしく、又、部屋が寒くて大変なので、暖かくなってからにしてはどうかとのお話しを頂き、6月頃の予定で再度検討することにして、開催させて頂ける見込みが立った。 その際には、春覚東堂からお聞きしたいことを整理して準備の上で臨みたいと思う。 多くの三浦哲郎文学ファンにも、興味と期待を持って頂けそうなので、その時には、会員以外の方にも是非参加して貰いたい。 鎌倉FMのパーソナリティ小町さなえさんが、先日、朗読放送した三浦哲郎シリーズ『野』の中の「墓地にて」は、広全寺が舞台になっている作品であることを紹介したい。 ■小町さなえのFacebookより 今日は月曜日。21時半から「鎌倉図書室 小町部屋」です。今日は久ぶりに読み切り(聞き切り?)で三浦哲郎作「墓地にて」です。お墓に来て泣く男と少年が出会う話。プロの仕事というものを考えさせられます。あ、…。 13時半からは、「秋風 後編」の再放送です。鎌エフHPからサイマルで。よろしくお願いします。 |
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神奈川県からの来訪者川村様の2日間の文学散歩のガイドを終えた。
金田一温泉郷〜一戸町の散歩は、お天道様が見え隠れする穏やかな天気で幸いだったが、真冬の2月の雪の中の文学散歩もガイドも初めての経験をさせて頂いた。 川村様には、寒さをものともせず、転倒も無く最後まで楽しんで頂けて安堵している。 昨日は、午前中に金田一温泉郷の散歩を終えてから例会に参加して頂いて、夜は居酒屋「きばらし」に場所を移して交流会。 そして、今日は午前中に一戸町の文学散歩をしてから、二戸のそば工房「そばえ庵」でそば打ち体験と、打ち立ての自分のそばを食べて、パックに詰めた残りのそばを農産物産直所と物産館で買ったお土産と纏めて宅配便で送った。 最後に、菅原会員宅に招かれて、いろりでじゃが芋の炭火焼きを頬張りながら、抹茶などをごちそうになってから、宿の「割烹旅館おぼない」へ戻ったのだった。 これで、私のガイドは終わったが、明日は宿でゆっくり持参した三浦作品の読書をして、野辺地経由でもう一泊してから、青森発上野行きの日本海廻り夜行寝台列車で帰路につく予定とのこと。 青森では県立近代文学館に寄って、三浦哲郎コーナーで草稿を見て帰りたいと話していた。 帰りの列車まで三浦作品の雰囲気を味わうという、充実した「三浦哲郎文学の旅」とは、何とも羨ましい。 今回の「三浦哲郎文学の旅」を川村さんはどのように感じたか、後で感想を伺い、今後の活動に生かしていきたいと思っている。 以下は、川村さんに失礼して、文学散歩の一コマの写真である。 一戸町は丁度市日で、中心街「野田の坂」では、近在農家のおばさんたちも出店を出していた。 串餅や味噌田楽の焼く臭いを漂わせ、手作りの農産物やお菓子などを、元気な南部弁訛りで売っていた。 これも、三浦哲郎文学の雰囲気にひと味加えて貰える良い機会となった。 試食を進められて一口入れてみると、手作りの風合いが美味しいくて堪らない。 昔ながらの製法に拘って作ったと聞くと、他所では買えないものに思えて、ついつい「栗団子」と「豆しとぎ」を買ってしまうのである。 帰宅途中で他所に上げてしまったので写真でお見せできないのが残念だが、大きく握って作られた「栗団子」は珍しくて本当に美味しかった。 |




