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山々が青葉若葉で色づき初めて来た。三浦さんの大好きな山菜のシーズン到来である。 |
三浦哲郎著書
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《私は、短篇小説を書くとき一尾の鮎を念頭に置いている。できれば鮎のような姿の作品が書きたい。無駄な装飾のない、簡潔で、すっきりとした作品。小粒でも早瀬に押し流されない力を秘めている作品 ― けれども、これは飽くまでも一つの願望で、そんな鮎のような作品が書けたと思ったことは残念ながらいちどもない。 |
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■写真:ダンジャ坂の登り口に咲く水仙 |
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短篇小説『泉』を読んでいて、気になるところが出てきた。
〈里の爺は山で死んだが、いつも百姓は土の上で生まれて土の上で死ぬのが一等だといっていた。土の上で死んだ爺が、土の上で生まれる曾孫を、守ってくれないはずがないではないか。〉 この文章にある「山で死んだ爺」とは? 確か、一人暮らしの農夫が冬に山へ猟に出かけて亡くなった話が、随筆『多吉さん』に書かれている。 ここでまた、話が繋がってくると、この『泉』も実在の出来事なのかもしれない。 今、「多吉さん」のことも、実在した話かどうかとても気になって調べている最中だったので、また、新たな課題が出たことになる。 随筆『多吉さん』については、『ある外套の話』などにも繋がる話題性のある作品なので、今後も取上げいくことになるだろう。 先ずは、収録書籍を紹介しよう。 ■随筆『多吉さん』(S40.5「冬樹」発出) ●収録書籍 ・おふくろの妙薬 1971.S46.7.31 三月書房 ・恩愛 2005.H17.7.1 世界文化社 |
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先日来、話題にしている作品のタイトルを間違えていたので訂正させて頂きます。
南部せんべいのことを描いた作品のタイトルには「い」がありませんでした。 『せんべいの耳』 ⇒ 『せんべの耳』 当地では、今でも「せんべ」と普通に言っています。 「せんべっこ上がってがんせ」とは「せんべいを食べて下さい」のことです。 間違ってもせんべいの上に上がってはいけません。 ご注意を。 |




