三浦哲郎文学を読む会

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三浦哲郎著書

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『ひとちがい』

近頃、地元で随分三浦哲郎の名前が知れ渡るようになったように思う。
少しずつでも、興味を持って貰えるようになったことは大変嬉しいのだが、本を読んでみたくて書店で探しても、三浦哲郎の本が見当たらず、入手できないから困る、とよく言われるのは矢張り寂しい。
地元の書店は元より、盛岡や八戸などの大きな書店に行って探しても、三浦哲郎の本は殆ど置いていない。
運が良くて『ユタとふしぎな仲間たち』『忍ぶ川』に巡り合う程度で、殆ど絶版になっているために、残念ながら書店での入手は困難になっている。
だから、古本書店かインターネットの古本店サイトで探して入手することを薦めることにしている。

書店に行って「み」の欄の書棚で見掛けるのは、同じ三浦でも、朱門、綾子の本で、何処の書店にも沢山置いてある。
どちらも文壇界で確たる地位を築いている人達なので知名度が高く、多くのファンがいて、古い本も今でも読み継がれているようだ。

いつか、大手出版社から出している小型外国語辞書のPR文書の、三浦哲郎さんの寄稿文に付いた顔写真が、朱門さんのものと間違えられていたことがあったとか。
有名な人達だけに、哲郎さんも含めた三浦繋がりのそんな「ひとちがい」の話がいくつもあるそうだ。

『笹舟日記』(1973.S48.5.30毎日新聞社発行)の中の『ひとちがい』に、三浦さんがそんなことを書いているので、読んでみることをお薦めする。

三浦哲郎、三浦朱門、三浦綾子と、三浦だけなら良いのだが、それに綾子が絡んでくると、朱門さんの奥さんが作家・曾野綾子だけに、尚更、ややこしいひとちがいを引き起こすことになるらしい。

ひとちがいにあった時の、三浦さんの心配りの行き届いた返答には、人柄のやさしさが感じられて、嬉しくなってしまう。

そんな三浦哲郎さんの多くの作品も、書店の棚に並べられて、沢山のファンに読み継がれるようになることを願っている。

イメージ 1

三浦作品の随筆『せんべの耳』では、南部せんべいのことを詳しく書いてくれている。
三浦さんは「八戸せんべい」が、いつの間にか「南部せんべい」と呼ばれるようになったと書いているが、真相は如何なものか。

その南部せんべいは、今では機械焼になっているが、昔は手焼きだった。
店の片隅で炭火の炉に向って何人かの職人が並んで、せんべいの鋳型をガチャガチャ動かしながら焙って焼いていたものである。

当地に、今でもその手焼きに拘って作り続けているせんべい店がある。
老夫婦二人で続けていたのだが、先年、ねた作りを担当していた奥さんに先立たれた上に、焼き方専門のご主人も健康が優れず、存亡の危機にあった。
暫く振りで店に立ち寄ってみたら、息子さん夫婦が店にいて手伝っているので驚いた。
東京で銀行勤めをしていた長男夫婦が、父親のせんべい店を継ぐために、定年を待たずに辞めて戻って来て、親が築いた伝統の味を引継ぐ為に、奥さんと一緒に修業を続けているとのこと。
何とも、ほほ笑ましく有難い話である。
金田一の『藤原せんべい店』の伝統を絶やさないで守って欲しいと期待し、応援して行きたいと思う。

この夫婦が、1月に開催した盛岡キャラバンのイベントにわざわざ出掛けてくれたそうで、その上に、会場で「三浦哲郎の世界」を購入して読んでくれていると言う。
随筆『せんべの耳』についても、是非読んで欲しいと話しておいた。

新たな三浦文学の理解者が確実に増えているのは、嬉しい限りである。

皆さんも、金田一・藤原せんべい店の「南部せんべい」を宜しくお願いします。

本当に(安くて)おいしんです!

父ちゃんの土産

家族が待つ故郷に帰る時、出稼ぎの父ちゃん達は、家族が喜ぶ顔を見たくて、苦心して手に入れた土産を、両手一杯に持って駅の改札口を出て来る。
待合室には、嬉しさを堪えて含羞みながら子供や妻が出迎えてくれている。

『盆土産』や『鳥寄せ』など、三浦さんの作品には、多くの出稼ぎ家族の物語りが綴られていて、このような情景が出てくると、自分のことのように、心に染みる思いで読んでいる。

私の父は大工の棟梁で、住込みの弟子たちを連れて、北海道や仙台、東京方面に出稼ぎをしていて、年中家に居なかった。
子供のころ、家族みんなで手紙を書いて出したりした記憶がある。
その内容は、決まって「今度は何時帰るのか」、「今度の土産は○○が欲しい」、「身体に気を付けて働いて」のようなものだった。
暫く振りで会える楽しさと共に、待望の土産を貰える嬉しさで、ワクワクしながら父親の帰りを待っていたものだった。


三浦さんは、そんな出稼ぎ家族の思いを良く分ってくれていたようだ。
それ故に、私の三浦文学への愛着心は人一倍強いのかもしれない。

この地域には、出稼ぎ家族の中で同じような思いをして育った人達がたくさんいる。
こんな作品を知って読んだら、私と同じような気持ちになって、昔のことを懐かしく思い出してくれるのではないだろうか。

■2010/3/13(土) [ sxd*s37* ]
《『鳥寄せ」の主人公、「おら」は、わたしも女の子だと思います。裏山で見つかった、父っちやの遺品に、「おらと弟のために、赤と青のがまぐちが、ひとつずつ」これが、決定的証拠ではないでしょうか?》 

昨日、[ sxd*s37* ] さんからこのようなコメントを頂いた。
 http://blogs.yahoo.co.jp/onikosato/28098228.html#31547905

これは、以前に掲載された短篇連作集『木馬の騎手』(単行本:1979.S54.10、文庫本:1984.S59.1.新潮社発行)  への [ ふなしゅー ] さんの次のコメント

■2009/12/15(火) [ ふなしゅー ]
《はじめまして、現在都内の大学に通う者です。この「鳥寄せ」との出会いが、僕を国文学へ進学させたきっかけであり、そして卒論もこの小説について書きました。ほんと大好きなんです。
ちなみに主人公「おら」は、女の子だと思いますよ。そう読むと最後の縁側に腰かけて鳥寄せの笛を吹く場面は、きっと違う印象を抱くはずですが、どうでしょうか?》
 
 http://blogs.yahoo.co.jp/onikosato/28098228.html#31547905

への共感のコメントになっている。

私も誘われて『鳥寄せ」を暫く振りで再読してみた。
なるほど、「おら」と言っている主人公を、先入観で男と思いこんで読んでしまう。
でも、確かに《裏山で見つかった、父っちやの遺品に、「おらと弟のために、赤と青のがまぐちが、ひとつずつ」》の、「赤のがまぐち」は、どう見ても女の子向けのお土産だろう。
鋭い洞察力である。
主人公が女の子であることが証されてみると、また違った印象で読むことができる。
これこそ愛読者たる所以である。
三浦文学の奥深さが、こんなところにも隠されていたのか。

又の情報提供を心待ちにしたい。

この短篇集のそれぞれの作品には、三浦さん拘りの南部弁が、何とも心憎いほど上手く文章化されていて、読みながら懐かしさが込み上げてくる。
今、日常の会話に失われつつある昔の南部弁で綴られているこれらの物語を、上原康樹アナウンサーのような心のこもった南部訛りの朗読でも、是非聴いてみたいものである。
三浦さんは八戸訛りの南部弁で、舞台となっている金田一や一戸とはそれぞれ多少の違いがあるので、それぞれが舞台となっている作品は、金田一訛、一戸訛に拘った朗読にできたら良いと思う。
他のサークルの人達の協力を得て、語り部の発掘をしながら実現してみたいものである。


因みに、[ sxd*s37* ] さんからは、これまでにも私たちの励みになる内容のコメントを頂いているので、振返って掲載してみることにしよう。

■2009/12/29(火)  [ sxd*s37* ]
《今年2月、「共通一次で、鳥寄せが出た」と、ここで騒いでしまった者です。理学部へ無事入学しました。その後、三浦先生の作品の素晴らしさに胸打たれ、理科の教員免許の他に、なんと、「学校図書館司書教諭」の資格まで、取得してしまいました。
偉大なる三浦先生に、感謝!》


■2009/2/18(水) [ sxd*s37* ]
《共通一次の2回生です。1980年1月受験生です。国語・現代文に「鳥寄せ」の第4節が出ました。悲しい内容で、そのあとの古文・漢文の試験問題がボロボロ出来なくなったことが思い出されます。》



『鳥寄せ』が収録されている短篇連作集『木馬の騎手』(単行本:1979.S54.10、文庫本:1984.S59.1.新潮社発行)の過去の投稿記事。

■『木馬の騎手』2007/8/4(土)
http://blogs.yahoo.co.jp/onikosato/14856249.html#28080836

■『木馬の騎手』2009/2/19(木)
http://blogs.yahoo.co.jp/onikosato/MYBLOG/write.html?fid=526377&pid=28098228&.done=http://blogs.yahoo.co.jp/onikosato/28098228.html



これから読む会の3月例会に出席してくるが、最近、出席率が低下しているので、何人集まるか心配だ。

昨日紹介した『現代の文学30』にも収録されている『ある外套の話』は、私がとても愛着を持って読んでいる作品である。

この軍用毛布をリサイクルした外套には、色々な歴史が刻まれていて、三浦さんはそれを多くの作品に残している。

この作品の最後の方に出てくる、父の形見として譲り受けた知り合いの喜十さんは、単行本『おふくろの妙薬』に収録されている作品『多吉さん』に描かれている多吉さんと同人物だということがわかるのだが、果たして、実在の人はどこの人なのかが、未だに謎のままになっている。
いま最も興味のある謎なのである。

この外套は、三浦さんが戦争中の中学生の時、勤労動員で知り合った片貝上等兵から、おにぎりのお礼だといって、終戦の翌年に送られてきた軍用毛布を、金田一村の駅前の雑貨屋の2階に間借りしていた東京帰りの仕立屋に仕立てて貰ったものだった。

作品によると、三浦さんが6年着て、それを譲られたお父さんが、亡くなるまでの4年着て、更にそれを形見分けに貰い受けた知人の喜十さんが、山で凍え死にするまで5年着て、その後、喜十さんの従弟に当る博労が形見に貰っていったと書かれている。

軍用毛布が外套にリサイクルされてからも、15年以上も引継がれて着用されたのだから凄い。
仕立屋の丹念な仕事振りのお陰もあって、正に「モッタイナイ!」の心がもたらした物語りなのである。


《一枚の外套みたいなものにも、それはそれなりの歴史があるわけだが、今後、あの外套がどんなに遠く流れていくにしても、もう誰も、あれが片貝上等兵から貰った軍用毛布を染めて仕立て上げたものだと知る者はいないのである。
片貝さんのことは、彼がいま、どこにどうしているのか、もはや私にすらわからない。》

 …「ある外套の話」の終わりの文章より引用。


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