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4月10日は、三浦家では「ゆで卵を食べる日」と決まっているという。
今年も、あの時のことを思い出しながらゆで卵を味わっていることだろう。

昨日のテレビは、天皇、皇后様の結婚記念日で50周年を迎えたとのニュースを終日繰り返し放送していた。
当時皇太子殿下のご成婚の日が昭和34年4月10日で、三浦さん夫婦にとってもとても忘れられない日になったのである。
私はニュースを聞いて、三浦さんのその忘れられない「都落ち」の日を描いた幾つかの作品を思い浮かべていた。

大学を出て3年経った頃、就職をせずに分筆で暮らしを立てようとしていて、食うや食わずの大変な生活が続いていた三浦さんが、突然、原因不明の熱病にかかり、薬も買えない上に、奥さんが6ヶ月の身重だったために、東京を離れて郷里に帰ることを決意する。
駅に向う途中、通りの所々の家の玄関に人だかりがしてテレビを覗き込んでいるのをみて、その日が偶然にも皇太子殿下のご成婚の日だということを知った。テレビは愚かラジオも新聞も無い暮らしをしていて全く知らずに、偶然にその日を選ぶことになったのだという。。
都落ちをする日の東京の最後の朝飯に何か食べたいものがないかと妻に尋ねたら、ゆで卵を腹いっぱい食べて見たかったと言って、10個のゆで卵を作って二人で食べた。
固くゆでた卵の残りを上野の不忍の池のベンチや、夜汽車の中で二人で分けあって食べたという。
その都落ちの記念日が「ゆで卵を食べる日」なのだそうだ。


読者の私は、この日は、恥ずかしそうな顔をしながら卵を茹でている奥さんと、黄身を呑み込んで噎せている三浦さんの姿を想像してしまうのである。

随筆『ゆで卵を食べる日のこと』(毎日新聞日曜版S47.4〜48.3連載を収めた著書『笹舟日記』S48.5発行に収録)の、「都落ち」を「夜逃げ」と間違えた次女に、その間違いを正したり、それとゆで卵がどういう関係なのかの質問に答えたりなど、ほのぼのとした三浦家の團欒のひと時が伺えるのも、普段着の三浦文学の随筆の魅力だと思う。

短篇小説『たきび』を用いた国語入試問題がウエブサイトにあったので紹介する。
中学受験模試だが、皆さんも挑戦してみて下さい。

秘伝!国語入試問題の解き方
第6回 選択問題の解き方(3)
http://www.papamama.chugakujuken.net/kokugo-solve06.html


このように出題された三浦さんの小説に出会って、三浦さんの作品に関心を示してくれる若い人たちが沢山いるようだ。

『屋根のドラム』

三浦さんのお母さんは、時々上京して三浦さん家族と過したことがあり、その時の東京暮らしの感想の一つに
「東京の家は音がちっともきこえぬから、ぎやない」
と言うことがあったそうだ。
〈ぎゃない〉というのは南部弁で、こころさみしい、つまらない、という意味。
ここでお母さんが言っている音とは、風や雨の音、川のせせらぎ、小鳥のさえずりや虫の声といった、自然の音のことで、老母の耳には、都会の人が普段聞き馴れている飛行機やヘリコプターの爆音、車やバイクが走る音、消防車や救急車やパトカーのサイレン、ちり紙交換のスピーカー、辺りからきこえてくるテレビやラジオやピアノの音などは、すべて音ではなくて雑音なのである、
田舎暮らしの老母にとっては、東京で耳にする音という音は雑音ばかりで、そんな雑音のなかで暮らしている人たちの気が知れないということになる。

これは、東京の家がアルミサッシの窓と瓦屋根のせいで、田舎の民家の屋根は、殆どがトタン葺きのため、雨の音が良く聞こえ、自然の音が家の中によく入ってくるのである。
それは、馴れない人には随分騒々しい音に聞こえる、
三浦さんの子供たちがまだ幼い時、郷里の一戸に連れて帰って、雨降りになると、びっくりして天井を仰いで立ち上がったり、べそをかいて母親の膝へにじり寄ったり、首をすくめて背中に隠れたりして、ちょっとした騒ぎになったものだという。
その子供が宿題の絵日記に書いたというとても素敵な詩が紹介されている。

〈いなかの雨〉

  いなかの家にいると
  ときどき屋根にきて
  ドラムをたたく人がいます
  豆をどっさりまくような音をさせて
  せっせとたたきます
  ドラムの音がやんでから
  そとへ出てみても
  だれもいません
  ドラムをたたいた人のあせで
  屋根が光っているだけです


そんなさまざまな自然の音に親しみたくて、三浦さんは自宅を増築するときに、部屋の屋根をトタン葺きにして、天井は付けずに屋根裏をむき出しにして貰ったという。
そのことを、郷里へ見舞いに帰って母に言うと
「それは良いことをした、雨が屋根を打つ音を聴いていると気持ちが落ち着く」
と言ったそうだ。

このように、日本人の誇れる自然に親しむ豊かな感性を育んできたものを気付かせてくれる作品
随筆『屋根のドラム』(1983.S58.7婦人百科初出、『随筆集 春の夜航』1993.H5.12講談社発行に掲載)
を紹介した。 

現代の住宅建築は、高気密、高断熱化が進むと共に、大切な日本人の「こころ」を育む環境が失われているのである。


『にのへ里ことば 第2集』(2006.H18.3ほごずの会発行)に拠ると「ぎやない」(八戸ことば?)は、ご当地では「ぎゃねぁ」と言って「芸がない・つまらない」〈例:今年の祭りぁ山車少なくてギャネァがった。〉の意味である。

『せんべの耳』

関東地域で煎餅と言うと「草加煎餅」のことのようだが、私たちの南部地方では、こねた小麦粉に胡麻をまぶして手のひらサイズの丸い鉄型で挟んで焼き上げる塩味の煎餅のことで、それが「南部煎餅」なのである。

その煎餅を焼くときに、丸い鉄の型からはみ出した部分が「煎餅の耳=せんべの耳」で、いわば、煎餅を焼くときに出る屑なのである。屑でもこれがメッチャクチャ美味しくて、食べ始めたら中々止められなくなるから、アッと言う間に無くなってしまう。
南部地方の煎餅屋の店先では、どこでも売っているが、屑なので商品として堂々と出回っている訳ではないので、中々思うように手に入らない。
三浦さんの家族にとって、その「せんべの耳」は欠かせないものであったようだ。
三浦家の子供たちも一戸に来て食べてから病みつきになったそうで、「せんべの耳」が無くなると、郷里の祖母に電話をかけて「せんべの耳を送って下さい」とせがんだと言う。

そんなせんべいの耳のことが、随筆『せんべの耳』に詳しく書かれている。

《 私の生まれ故郷は青森県の八戸市というところだが、私たちがせんべの耳と呼んでいるのは、郷里で昔からの名物になっている八戸煎餅の耳のことだ。八戸煎餅というのは、小麦粉と胡麻を原料にして鉄の型で焼き上げる塩味の煎餅で、ちょうど両手の親指と人さし指で円を作ったくらいの大きさである。いまは器械で大量生産するようになったが、私が子供のころはまだどの店も手焼きで、店先に横長の炭火の炉を据え、そこに長い柄のついた鉄の型を何十本となく並べて、ちょうど焼鳥を焼くときの要領で、がちゃがちゃと裏返し裏返ししながら焼いていた。
 鉄の型へ、胡麻をまぶした小麦粉の餅を入れて、長い柄で締めつけ、火にかけると、やがて脹れ上がった餅がぷすっ、ぷすっ、という音を立てて型の隙間から外へはみ出る。そのはみ出た部分が、せんべの耳である。二、三センチの短いものから、半円形の巨大なものまで、それぞれ人間の耳によく似た形をしている。
 私は、どういうものか子供のころから、円い煎餅よりもこの耳の方が好きで、よくそれを買って貰っておやつに食べていた。勿論、耳は一種の屑のようなものだから、煎餅よりは遥かに廉い。それで、耳だけは私が自分で買いに行かねばならなかった。そのころ、市内のあちこちに八戸煎餅の専門店があったが、大きい耳の出る店と、そうでない店とがあった。大きな耳の出る店へ、「買ーる。」といって入っていって、「せんべの耳くんせ。」というと、頬や腕を粉で白くしたおばさんが、まだ熱い耳を袋にどっさり入れてくれる。それを抱えて店を出て、けれども、とても家に帰るまで待ちきれなくて、途中で大きいのを一つ口に入れる。ところが、焼き立ての耳は半分餅のように歯に絡みついて、なかなか呑み込めない。家の手前まできて、目を白黒させるのがしばしばであった。
 いつか、一家で郷里へ帰ったとき、子供たちにせんべの耳を試食させたら、忽ち好きになってしまって、いまではなによりのおやつになっている。近頃、八戸煎餅は南部煎餅という名で東京のデパートなどにも進出しているが、勿論、耳は地元にしかない。それで、なくなれば郷里にいる私の母へ注文して、送って貰うわけである。
 子供たちばかりでなく、私も妻も、お茶を飲みながらぽりぽり食べたりする。外で変なものを食べてきて、口のなかがなんとなく不味いとき、これを二つ三つぽりぽりやると、すっきりするから妙である。私は、二日酔いの朝、これをコップに半分ほど入れて、醤油を二、三滴たらし、熱湯を注いで、ふやけたところをスプーンで食べる。
 耳が缶に乏しくなると、夜、外へ飲みに出かける私に、中学二年の長女がこういう。
「お父さん、今夜はほどほどに。明日のお薬が心細いわよ。」
 私は、そろそろ田舎へ注文しなければ――そう思いながら出掛けていく。》
(S49.8暮しの手帖)

今では、手焼き煎餅店が殆ど廃業してしまって、せんべいの耳が思うように入手できないので、食べる機会が減ってしまった。

スープにして食べる方法もあるとは知らなかった。二日酔いの薬になるのなら、私も試してみたいと思う。

『声について』

三浦さんの講演の録音や、テレビ出演のビデオ録画を見たり聴いたりしていると、三浦さんの声は少し嗄れた声で、聞き取り難いようで気になるが、中々個性的な声で、聞きなれると又味わいのある声である。

その声について、三浦さんはコンプレックが強いようで、そのこともあって、「講演というものが大の苦手で、どうしても演壇に登らなければならないときには、何よりもまず悪声の詫びをいわずにはいられない」と、随筆『声について』(S.55.5暮らしと健康 初出:S56.6新潮社発行「娘たちの夜なべ」に掲載)にそのことを詳しく書いている。

ある講演会で一緒だった柴田錬三郎さんに、舞台の袖で「おい、おめえは来年、喉頭癌で死ぬぞ。」と言われたことがあるそうだ。その時「自分は胃癌で死ぬけど。」と言っていた柴田さんは先に亡くなってしまったが、自分の声は病気ではないのだと言っている。
二戸で講演をした時(H2.5.20)にも、この柴田さんとのことを話していて、自分の声について釈明しているのが、録音テープを聴くと分る。

できることなら、私も、直に三浦さんの講演を聞く機会を得たいと願っている。


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