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学校の卒業シーズン到来である。
多くの少年や青年たちが、夢に向って巣立って行く時が来た。
しかし、世の中は世界同時不況の真っ只中にあり、どこも経済不況の不安で喘いでいる。
路頭に迷う家族の中で、多くの子供たちが夢を失いかけているのでは無いだろうか。
『熱い雪』の中の、随筆『ひとつの死をめぐって』(新婦人・1964,昭和39年3月号 初出)を読んだ。
この随筆は、短篇小説のようだが、内容は当時現実に起きた出来事だそうで、子供の描く空想力と好奇心と現実との混同から生まれる悲劇が描かれている。
《愛や死は、もはや日常的なイメージになっていて、愛も死も、ただ手をのばしさえすれば、容易に手に入れられそうである。愛することの本当の意味、命をうしなうことの真の意味を知る前に、まず「愛したい」と思い。「死にたい」「殺したい」と思う》
と憂えているのである。
45年前のことであるが、いまの時代にも当て嵌まる内容で、いろいろ考えさせられる。
友だちが蟬をいじめているのを見た動物好きの少年が、その蟬を友だちから売ってもらって放してやる。苦心して捕まえた友だちがそれを見て激怒して口論になる。激昂した少年は、走って家に帰り、納屋へ入って農薬を飲んで死んでしまった。
唐突過ぎる結末のようだが、この少年には死ぬことの意味に訳があった。
何年か前に母親が病没し、寂しがる少年に父親が日頃、母親は天国にいていつもおまえを見守っていると、言い聞かせてていたそうだ。
彼は毎日、仏壇にむかって、天国にいる母親と言葉を交わすようになっていた。
三浦さんは最期に、
《子供に夢を失わせてはならないが、こんなあやふやな世の中だから、現実も理解の届くところまでは認識させ、生命の貴重さ、生きることの大切さぐらいは、しっかり教えこんでおくのが親の義務ではないだろうか。》
と結んでいる。
親の責任は重い。
少年や青年たちには、この時勢に負けることなく、大きな夢を抱いて進路を目指してほしい。
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