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■画像:新刊『流橙記』…幻の長編小説、四半世紀を経て、初の単行本化。

本日、青森市在住の青柳隼人さんから三浦哲郎の新著が発行になっているけど知っていますかと、新たな情報のメールを頂いたので紹介する。


■Amazon comより
http://www.amazon.co.jp/%E6%B5%81%E7%87%88%E8%A8%98-%E4%B8%89%E6%B5%A6-%E5%93%B2%E9%83%8E/dp/4480804374/ref=sr_1_fkmr0_1?s=books&ie=UTF8&qid=1325861559&sr=1-1-fkmr0

『流橙記』
  # 単行本: 251ページ
  # 出版社: 筑摩書房 (2011/12/19)
  # 言語 日本語
  # ISBN-10: 4480804374
  # ISBN-13: 978-4480804372
  # 発売日: 2011/12/19
  # 商品の寸法: 19.9 x 14.5 x 2.5 cm

・内容
  戦況が切迫する東北の小都市。燈篭流しの季節に交差するふたつの透明な魂の明滅。
  瑞々しい青春の心情を捉えた佳編。幻の長編小説、四半世紀を経て、初の単行本化。



全く情報を得ていなかったので今まで知らないでいた。
いつものことながら、青柳さんの情報力には敬服する。


Amazonに投稿されているカスタマーレビューを読むと、

 耕三と真理亜 −余韻の残る青春小説−, 2011/12/29
                By いせむし (東京都)

面白かったです。
第二次大戦中の東北の小都市を舞台にした青春小説です。

(旧制)中学の学生である耕三は年上の女学生真理亜と出会います。
父親が外国人の真理亜は大変魅力的で、
耕三は真理亜に好意をいだきます。
そこから物語が動きます。

二人は仲睦まじく友人となりますが、
戦争が二人を引き裂くことになります。
作者はこのストーリーを悲恋ものに仕立てていませんが、
別れの予感を持ちながらの耕三と真理亜の恋は。
10代の男女のイノセンスに満ちており、胸を打ちます。

特に最後の場面は余韻が残ります。


どうやら三浦さんが高校3年生の時に八戸で下宿していた稲垣家での体験を元にした物語に思えてくる。
そこには小泉八雲(パトリック・ラフカディオ・ハーン)http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B0%8F%E6%B3%89%E5%85%AB%E9%9B%B2
の次男稲垣巌の夫人と娘たちが暮らしていたから、舞台背景が当てはまるのである。…(『笹舟日記』「松江で思い出したこと」を参照)

そのような憶測が膨らんでくるので、本を手に入れて読むのが楽しみでならない。
早速、ネットで購入の手配をしたので2日ぐらいで入手できるだろう。例会に間に合うかな?

この作品は手元の資料(「作家生活50年 三浦哲郎の世界」の年譜参照)によると、1983(S58)年1月〜1985(S60)年1月の〈ちくま〉に連載された小説で、前編終了という記録だけしか見当たらないので、いつの間に全編が書き上げられていたのか。ここに来て発刊になったこれまでの経緯を知りたい思いでいる。


情報提供を戴いた青柳さんに感謝します。

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■画像:『私の踊子物語』表紙

 我らが「ゆのはな文庫」の蔵書には、三浦さんのサイン入の『私の踊子物語』がある。
 以前に、私たちの活動の趣旨に賛同した八戸の方から貴重な蔵書を寄贈頂いたものである。
●過去の関連記事
http://blogs.yahoo.co.jp/onikosato/28983681.html

私の本棚にも『私の踊り子物語』がある。ネット通販で青森市の書店から入手した古本だが、偶然にも三浦さんの直筆サインと捺印が入っていて、どんな経緯があったのか想像もつかないが、唯一のサイン入本なので、今は私の宝物になっている。

この本の帯には次の文章が書かれている。

   白眉の名品を香り高く1冊に収録


著者自身、踊子とともに旅し、描いた『夕雨子』と、哀しみに耐えながらも、ひたすらに生きる北の『踊子ノラ』――。
女のかたちを、移り変わる風光と凄烈な筆致に託して綴られた2編の踊子物語。



この本の《あとがき》に、単行本『夕雨子』のために書かれた《あとがき》が引用されている。「捨て難い小文」と著者が言っているので、皆さんに是非紹介したい。

〈 ひとり旅の踊子がいて、私はそのひとと知り合いになった。そのひとのことをもっと深く知りたいと思い、私は志願して、三月(みつき)か四月(よつき)に一度そのひとの巡業の旅に同行した。同行したといっても、駅で重い衣装鞄を持ってやったり、楽屋で楽譜の整理を手伝ったり、宿で夜食のお相伴をしたり、そんなことをしたにすぎない。それでも、時には、私設マネージャーやヒモと間違えられることがあった。
 この本に収めた六つの小説は、いずれもこの旅から生まれたものである。(中略)
 これは、断るまでもないことだが、私が一緒に旅をした踊子がそのまま小説のなかの夕雨子ではない。夕雨子は、私の心に棲む踊子である。一緒に旅をしていると、踊子は時折ふっと謎めいた微笑を浮かべたり、原因不明の溜息を漏らしたりした。それが、私の夕雨子の滋養になった。
 (中略)
 今後。私はもう夕雨子の小説を書くことがないと思うが、まだ当分の間は、旅先などで、いまごろ夕雨子はどこで踊っているのかと、ふとそう思ったりすることがありそうな気がする。

 ノラの方は、夕雨子と似たような踊子でも、舞台が北のさいはての地に限られているから、その一人旅も一層哀れみが深い。
 私はかねがね『夕雨子』と『踊子ノラ』を合わせて『私の踊子物語』という一巻本を作りたいと思っていたが、このたび思いがけなく郷里の伊吉書院がそれを実現してくださることになった。望外の喜びである。同書院の伊藤誠社長の御好意と、編集の一切を引き受けてくださった林剛史氏の御尽力に、心からお礼を申し上げたい。

  平成元年十二月  冬枯れの八ケ岳山麓にて
                     三浦 哲郎  〉


この文書を読んだら、是非読んでみようかという気持ちにさせられるに違いないと思うが如何でしょうか?
そのように確信を持てる名文である。


当時の伊吉書院の木造2階建の店舗は何と三浦さんの生家だったのである。
地方の書店が発行するには大きな負担だったと思われる立派な書籍は、そのようなご縁もあっての出版だったのではないだろうか。
確か、その店で出版記念のサイン会を行ったことがあって、自分が生まれた家だった所でできて感無量の思いがしたと何かの随筆に書いてあったが、この本の時だったろうか。

数カ月前に発行元の伊吉書院にこの書籍の在庫を問い合わせてみたが、期待も空しく既に完売されたとのことだった。

三浦さんは1987(昭和62)年4月から翌年3月まで、毎月1回八戸に帰ってふるさとに生きている人々50人と対談した『ふれあい散歩道 三浦哲郎とともに』を地元紙「デーリー東北」に連載している。
1988(昭和63)年11月にはそれを一冊の本に纏めた『ふれあい散歩道 三浦哲郎とともに』が発行された。
これらの編集を担当したのがデーリー東北新聞社林剛史氏なので、後の1989(平成元)年12月にこの『私の踊子物語』が出版されたのは、それまでの二人の付き合いの過程で生まれた話ではないだろうか。
《あとがき》を読んでそうのように感じているが、今度林さんにお会いする時にその辺のところを確かめてみたいと思っている。

読む会の例会にお出で頂けないかお願いしてみることにしよう。


■過去の関連記事
●『私の踊子物語』の舞台を旅して
     2007/10/9
  http://blogs.yahoo.co.jp/onikosato/17362445.html

豚と外套のこと

金田一温泉郷の文学散歩のガイドをしていて、ダンジャ坂のゆかりの家の石垣にさしかかると、どうしても説明しないでいられないことが二つある。

ガイドマップのルート通りにゆかりの家を過ぎて歩いて行くと庚申塚が立つ石垣の突端に辿り着く。ここで今来た道を振り返ると石垣脇の小道の行く先に土蔵を見ることができる。そこで持参した『白夜を旅する人々』の文庫本を取り出して表紙に描かれている絵を掲げて、その風景と見比べてもらうことにしている。
本の装幀を担った作家で画家・装丁家・エッセイストの司修氏が描いたその絵は、正しくここの風景をモチーフに描かれていることが分かるのである。

●司 修 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8F%B8%E4%BF%AE

確かに長編小説『白夜を旅する人々』には、この金田一温泉と思われる情景が描かれている場面があるので、三浦さんの本の装丁を多く手掛けている司さんは、この地を訪れて目にした風景を描き残したに違いないのである。
雪に覆われた景色のその絵は、ここの冬の景色そのものなので、皆さんにも機会があったら訪れて確かめて頂きたい。


三浦さんの初期の頃の作品に、金田一温泉で暮らした一年を描いた『ブンペと湯の花』という小説がある。
昭和30年、早稲田大学文学部在学中の同人雑誌「非情」第二号に発表されたものなので、三浦さんにとっては第2作目の作品ということになるだろうか。
この小説の「仔豚」の章には、アイナさん家族が経済的に困っていると思ったブンペが、豚を育てれば儲かるからと言って、仔豚を一匹差上げる話が描かれている。

〈夕暮れに、父と母と私とは、石垣の突端に一列にならんでブンペと仔豚の到着を待った。私たち一家にとっては、豚一匹の加入は容易ならぬことであったのだ。父はねじれた木の枝をみがきあげたステッキでこつこつと石垣を叩き、母は小手をかざして身じろぎもせずに下手の谷間をながめやっていた。やがて黒犬の毛皮のチョッキを着たブンペが谷川沿いの道に姿を現した時、三人は一斉にちいさな歓声をあげた。谷の斜面は、菜の花でまっ黄色にぬりつぶされていた。ブンペは胸に白い塊を抱きしめて、ゆっくり黄色い斜面をのぼってきた。彼はすこしはなれたところで私たちを認めると、西日のせいか妙に赤らんで見える仔豚の腹を見せるように抱きなおして足どりを整えた。彼は私たちを横目で見ながら、そのままの姿勢で石垣の段々をのぼると、まっすぐ歩調を乱さずに先刻完成したばかりの小屋の方へ歩いた。私たちは無言でぞろぞろ彼のあとにしたがった。〉

私には、ここが悲観と希望が交差する思いが描かれているこの小説の名場面に思えてならない。
なぜなら、この仔豚から始まる三浦文学の豚に纏る物語がこの後、色々な作品となって登場することになるからである。

良質の種豚を飼っているゴロウタが近隣の村人へ仔豚とりに貸している。ある日その豚が何者かに襲われる話の『村の災難』

出稼ぎで留守の父に代わって、飼っている豚の出産に立ち会う少年を描いた『金色の朝』

軍用毛布で仕立てた外套を、上野駅に出迎えていた次兄に、東京ではそんなドテラのような外套は要らないのだと言われて、情けない顔をされたことから、

〈私が、どうやらからだにふさわしい外套を着られるようになったのは、そんな右往左往を重ねた末に、こんどは本気で志願して、ふたたび上京することになったときであった。私は、父の村にいるころ飼っていた豚を売った金で、出来合の外套を買い、それを着て上京した。そこのところを、私は次兄にちょっとみて貰いたい気がしたが、そのころはもう、兄はどこかに姿を晦ましていて会うことができなかった〉

と、豚が遂に外套に代わってしまう『ある外套の話』など、豚は三浦文学の作品に隠された一つのテーマになっているのである。

そして、今紹介した『ある外套の話』の外套は、片貝上等兵から贈られた軍用毛布から仕立てたものを三浦さんが着たあと、父が4年着て、父が亡くなった後形見分けに上げた知り合いの喜十が5年着て山の雪の中で死んでしまった。その後喜十さんの従弟の博労が形見に貰って行ったという。延々と引き継がれていく1枚の外套の歴史のとてもいい話になっている。

三浦さんが実際に豚を飼ったことがあるかどうかについては定かではないが、何かの本で飼ったことはなかったと読んだような気がしている。

軍用毛布から外套に仕立てたという村の駅前の雑貨屋の二階に間借りしている東京帰りの仕立屋は、この金田一に実在した人だった。

この作品中の〈飼っていた豚を売った金で、出来合の外套を買い、それを着て上京した。〉と書かれている部分が、初期のころの本から、後の本では削除されているのが残念でならない。



●ブンペと湯の花
・昭和30年、同人雑誌「非情」第二号に発表。後に昭和33年11月「北方春秋」第八号に転載。
・初収録  『忍ぶ川』           昭和36年3月  新潮社
・再録刊行 『旅の風』           昭和39年10月  学習研究社〔芥川賞作家シリーズ〕
      『三浦哲郎自選全集』第1巻   昭和62年9月  新潮社 

●村の災難
・昭和34年7月執筆、「文學界」昭和36年3月号に発表。
・初収録  『忍ぶ川』           昭和36年3月  新潮社

●金色の朝
・「文藝春秋」昭和47年2月号に発表。
・初収録  『妻の橋』           昭和47年4月  新潮社
・再録刊行 『野』             昭和49年12月  文藝春秋
      『三浦哲郎短編小説全集』第2巻 昭和52年10月  講談社
『野』             昭和56年 3月  文春文庫
      『三浦哲郎自選全集』第7巻   昭和63年 3月  新潮社

●ある外套の物語
・「文學界」昭和40年7月号に、「毛布の外套」の題で発表。
・初収録  『熱い雪』           昭和42年11月  大光社  現題に解題。
・再録刊行 『結婚』            昭和46年7月  新潮文庫
      『北杜夫 三浦哲郎』      昭和47年7月  講談社〔現代の文学30〕
      『三浦哲郎短編小説全集』第1巻 昭和52年9月  講談社
      『三浦哲郎自選全集』第1巻   昭和62年9月  新潮社 

『文学的自叙伝』

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■画像:講談社発行『三浦哲郎短篇小説全集』第1〜3巻



東奥日報新聞:三浦哲郎文学連載「作風と文学への旅」No.21にも書かれていたが、短編連作『文学的自叙伝』『三浦哲郎短篇小説全集』第1〜3巻の巻末に加えられた作品である。


 三浦さんは「十五歳の周囲」で新潮同人雑誌賞(後の新潮新人賞)を受賞、それを弾みに名作『忍ぶ川』へと進む。それから20年、作品の数が増え、文壇でも実力作家となった1977(昭和52)年に講談社から『三浦哲郎短篇小説全集』第1巻〜第3巻が発刊された。
この全集には『十五歳の周囲』や『忍ぶ川』、『おふくろの妙薬』、『草の宴』、『揺籃』など90編が収録されている。
そして巻末には、三浦さんにとっては初めての試みとなった文学的自叙伝が加えられ、

 第1巻は「揺籃のころ」
 第2巻は「出会いの季節」
 第3巻は「習作時代」


となっている。

各巻の函帯に記されている三浦さんの文章から

〈 初めての作品を文藝雑誌に発表してから、二十年になる。今度、この二十年を一つの区切りということにして、これまでの作品のうちから、短篇小説ばかりを集めた全集を編むことになったが、学生のころからひたすら良い短篇をと念じてきた自分にとって、これに勝る歓びはない。自分はこの二十年を生きてきたのだと言っていい。
 又、文学的自叙伝は、自分には初めての試みだが、それをこの短篇全集の巻末に加えることになったのは、感慨深い。おそらくこの三巻は、生涯を通じで自分の最も大事な著作になるだろう。
                          三浦哲郎 〉


正に、この三巻には三浦哲郎の世界が凝縮されている。
この『文学的自叙伝』を読めば、作家三浦哲郎と三浦哲郎文学のことがよく理解できる。
講談社から5月30日に発刊になった『肉体について』にも採録されていて入手可能なので、皆さんにも是非読んでみることをお勧めする。

■『肉体について』発刊に関する過去のブログ記事 
 http://blogs.yahoo.co.jp/onikosato/33225989.html

 http://blogs.yahoo.co.jp/onikosato/33229062.html

 http://blogs.yahoo.co.jp/onikosato/33241329.html

『風船座』

■画像:入手した小説『風船座』が掲載されている単行本『忍ぶ川』(古本)



先日、やっと『風船座』に巡り合えた。


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