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11月11日(日)に行ったIGR「カシオペア連邦」モニターツアーの金田一温泉郷三浦哲郎文学散歩の時の写真の提供を頂いたので、ここに掲載して皆さんにも見て頂くことにしよう。
一連の流れに沿って掲載するので、一緒に散歩を味わってみて下さい。 今回は、以前に購入してあった拡声用のハンドマイクの初体験の時になったが、抜群の性能で大助かり。 【きたぐに旅館】
「きたぐに」は三浦さんの命名。創設者は三浦哲郎氏と親戚だったこともあって本人や家族が「ブンペと湯の花」や「小指」など色々な三浦作品にモデルとして描かれている。三浦さんと家族が宿泊によく利用したゆかりの宿。 ホールには三浦さんから贈られた多くのサイン入り書籍や色紙類が展示されていて宿泊客に親しんで貰っている。 新聞連載小説「はまなす物語」に登場する〈テラピア養殖に取り組む青年〉のモデルとなった鹿糠さんが取り組んだ養殖場。三浦さんは取材のためによくここを訪れた。 【石碑群】
三浦さんの散歩コースに在る石碑群は、「ユタと不思議な…」の座敷わらしや「おろおろ草紙」の飢饉時の惨事についての思考の元になったようだ。 【ゆかりの家】
「ユタとふしぎな仲間たち」などに描かれている坂道。
ユタ少年は橋を渡って、この先のお母さんが働いている「銀林荘」(緑風荘が在った所)に通ったのである。 【緑風荘跡・亀麻呂神社】
緑風荘が火事で燃えているときに座敷わらし達が避難して、棲みついていると言われている。 大火の際に不思議にも延焼を免れたことは、やはり座敷わらしの仕業だったのか。 庭の一角に置かれている薄茶色の丸い石はノジュール(団塊)で、よく見ると貝の化石が付いていることに気付く。三浦作品にも描かれているように、この辺りは化石の宝庫。
金田一京助が北海道の調査から帰る時に、金田一温泉に浸かりたくて途中下車し、緑風荘に宿泊した。その際に店主が頼んで詩を書いて貰ったとのこと。緑風荘跡地にその詩が刻まれた碑が建立されている。ここも大火の延焼を免れたのが不思議なのである。
【神泉館跡】の前で
三浦作品に描かれている〈屋根だけの階段を下った川沿いの混浴の湯場〉の在った宿は、残念ながら最近廃業してしまって今は無い。「初夜」や「鰻の文鎮」「白夜を旅する人々」など多くの作品に登場する。 到着予定時刻の10時を少し過ぎたが、文学散歩はこれで終わり。
途中、朝露で足下が良くないのと時間の都合で、「どんどん淵」と「分教場跡」は省略させて頂くことになった。 如何でしたか。動画でないのが残念だが、一緒に歩いた気分になれたかな? この後、ツアー客の皆さんは金田一温泉観光りんご園のりんご収穫体験に向かった。 主催者では、参加者からのアンケートを集計中のようだが、結果がどのようにでるのか気掛かりである。 |
金田一温泉
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昨夜、金田一温泉観光案内所で「三浦哲郎文学散歩実行委員会」が開催されたので出席してきた。
以前に、金田一温泉協会の総会で、今年度は文学散歩実行委委員会への助成予算が掲載されていなかったので気にかけていた。
結局、資金が無いので恒例の秋のイベントは出来ないことになり、実行委員会も解散というっことになった。
これまでの整備の実績で実行委員会の役割もそれなりに成果を得たので、イベントの予算対効果が低いと言うこともあって、ここらで終止符を打つことになった。
草刈りや清掃などの環境整備はこれまで通り有志のボランティアで続けて頂けるということなので有り難い。
でも、三浦哲郎ゆかりの温泉地として、宣伝し続けるためにも…恒例になっていたイベントの灯は絶やしたくないと思うのだが、何か手立てはないものだろうか?
思いはあっても、何よりも欲しい資金と宣伝力に乏しい読書サークルの力ではどうにもならないのである。
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この3連休は相変わらず酷暑が続いていて、夏が終わらない。
それでも、コスモスが咲くあぜ道の一部では稲刈りが始まり、秋の気配を感じさせている。
そんな朝の金田一温泉郷を散歩した様子です。
国道4号線沿いの金田一温泉歓迎アーチの周りは黄金色が濃くなってきた。
水田地帯に立つ一本木(実は、種類の違う二本の木)は、昨年、害虫に食い尽くされたかと思っていたが、見事に堂々と葉を付けて立っている。
まだ青いかな?とも思われるが、連休を利用して早々と稲刈りを終えた田んぼがあった。
刈り取った稲は、近頃、自然乾燥が復活して、このような「はせがけ」が方々で見られるようになった。
以前は、家の近くに10段、11段のはせを組んで架けたものだが、最近は田んぼで脱穀ができるうになったので、このように田んぼにはせを組むようになったようだ。「はせかけ」の材料も丸太から鉄パイプへと様変わりしている。
他にも、ドーム状の「ほにお」を見掛けるところもある。
子供の頃に、じいちゃんの家に行って、家族総出で暗くなるまで、はせかけを手伝ったことが懐かしい。
白、赤、桃色の秋桜が、秋の到来を伝えるかのように朝風に揺らいでいた。
畔道には黄色い花びらが美しい月見草。
朝日を目一杯吸収するように向日葵はたくましく咲いていた。
猛暑の晴天続きで、川の水も極端に少なくなっている。
廻りの草木や山々の緑も幾分色付き始めてくすんで見えるのは、秋の始まりを感じさせる。
川面に水鳥たちの集団が泳いでいた。
支流長川の合流地点のこの辺りが三浦さん親子が打ち釣りをしていた所と思われる。
警戒態勢の鴨の家族は、大きくなった子供と親鳥との区別がつかなくなっていた。
川沿いの石畳の散歩道はヤマボウシと桜の並木の木陰が心地良い。
今年は、ヤマボウシの赤い実が一つ残らず取り尽くされていたが、どなたか収穫したのだろうか?
川沿いの散歩道からは馬淵川のせせらぎが聞こえる。
瀬の下には、縄張りを必死で守っている鮎が泳いでいるだろう。
川岸で丸い石をよく見掛けるが、これはノジュール(団塊)と言って、中から化石が出てくる確率の高い石で、この辺りは化石の宝庫と呼ばれている。周りの欠片にもきっと化石があるだろう。
心地よい汗を流しながら、鳥や虫の鳴き声と川のせせらぎを聞き、さわやかな美味しい空気を吸い、朝日を浴びながらの散歩のひとときは、いつの日か三浦哲郎さんも過ごした金田一温泉郷の魅力と言えるだろう。
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9月に入っても猛暑が続いているが、すがすがしい朝は心なしか秋の気配がする。
久しぶりに朝の散歩に金田一温泉まで歩いてきたが、田園の稲穂は頭を垂れて色づき、赤とんぼが方々で飛び交う姿はやはり秋を感じさせる。
馬淵川の石淵橋の下では、水面を盛んに飛び跳ねている小魚を見掛けたが鮎だろうか。
橋から見渡す川の辺りは、三浦さんとお父さんが打ち釣りを楽しんだ場所。
水辺の石椅子に腰掛けてジャッコ釣りをしている姿が思い浮かぶ。
多くの作品に描かれている舞台なのである。
散歩途中に携帯電話のカメラで写してみたら、意外にも空の青色が水面に映えてきれいに写っていた。
国道4号線金田一バイパス入り口には、イエローカラーのWの文字が宙に浮いた「金田一温泉歓迎アーチ」が水田地帯にポツンと建っている。
「W」はこの二戸広域旧5市町村を連帯する「カシオペア連邦」のマークを表している。
各市町村の庁舎所在地を線で結ぶと星座のカシオペア座と同じ形になることから命名されたのである。
金田一温泉郷はその「カシオペアランド」として位置づけられている。
三浦さんが作品に描いている時のような歓楽郷としての復興を望みたい。
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土用だというのに、今日も肌寒い日だったが、夕方、長袖シャツに着替えて自転車に乗って湯治に出かけた。
折しも、金田一温泉は温泉まつりの真最中で、イベント会場の温泉センター駐車場では「なにゃとやら踊り大会」が賑やかに行われていた。 ■金田一温泉まつりメイン会場の「なにゃとやら踊大会」の模様 「なにゃとやら」は地区によって囃子も踊りも少しづつ違うところが、又観客を楽しませてくれる。 そのイベント会場を覗きながら、久々に金田一温泉センター・ゆうゆうゆ〜らくの風呂に入って来た。 今日の温泉は何処も入浴料が半額になっていた。 浴場から出るまでの間に、知り合いとあいさつを交わす場面が幾度もあった。 まさに公衆浴場は色々な人に逢える、裸の付き合いの社交の場なのである。 ここの浴場は男女一体の山形天井の大空間になっていて、大勢の響き合う声や物音もさして気にもならず、心地よい「音の風景」が、癒しの空間になっている。 趣向の違う二つの浴場が定期的に男女入れ替えになるのがここのセンターの特色になっているので、今日はどっちに入れるのかなと、秘かな期待が生まれる。 サウナ風呂や水風呂にも浸かり、大きな浴槽に入っては隣り合わせた知人と世間話が弾み、思わず長湯をして、どっぷり温泉に浸かった良い湯治となったのであった。 湯上り時には、もうすっかり日が暮れていた。 照明に照らされたイベント会場の賑わいに誘われて、出店の列に並んで生ビールと名物の鮎塩焼き、焼きそばを買い、空いているテーブルに腰を下ろして、グググッと喉を潤しながら、ビアガーデンの雰囲気を味わった。 同じテーブルの空席に寄って来た客が幼馴染の同級生とは偶然なことで、これも故郷ならではのビアガーデンの良さなのだろう。 湯上りに野外で飲む生ビールは格別で、大いに癒されたひと時となった。 これを湯治と言うのかな。 出店で懸命に働いていた温泉の人たちに感謝。 また「なにゃとやら踊」を披露してくれた各地のグループの皆さんにご苦労様と申し上げたい。 皆さんも、温泉に疲れた体を浸かって汗を流してくれたことだろう。 これで今年の温泉まつりも終わってしまったけど、暑い夏は来るのかな? |

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