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〈「浅草? 栃木へ帰る……。」栃木行の電車が、浅草から出ていた。
「いいえ、あそびに。州崎をみたら、急にいきたくなったんです。……〉 先日来、探訪先を紹介している浅草には、神谷バーのすぐ近くに東武線の浅草駅がある。 その駅は小説「忍ぶ川」で志乃の家族が住む栃木の町へ向かう電車のでる駅として描かれている。 又、小説では、父危篤の連絡を行けて栃木に帰る志乃を見送りに来た「北千住駅」ホームでの二人の様子が描かれている。 〈「じゃ、すぐいこう。いくらでも早い方がいいのだ。」 私たちは電車をのり継いで北千住までいった。志乃は、東武電車にのりかえて、そこから父が病む町まで、二時間であった。ホームで電車を待つあいだ、 「父の病気は、肝臓収縮症とかいうんですって。肝臓がだんだんちぢんで、しまいには小石みたいになる病気ですって。どうせもう、だめでしょうけど……。」 もう、あきらめたような顔で志乃がいうのに、かえって私の方が気を高ぶらせて、 「あきらめちゃ、いけないな。しっかりしなくちゃ。たとえ、どんなことになったって、取り乱しちゃいけないよ。」 そんなことをとりとめもなくいって、ひとりでりきんが。電車が入ってくると、志乃は帯のあいだから、ちいさくたたんだ紙きれを出して、私の手ににぎらせた。 「電車が走ってからお読みになって。」 「僕が必要なときには、いつでも電報でよんでくれ。」 「すいません。」 そっと手をにぎりしめると、電車へ飛びのって、発っていった。 電車が見えなくなってから、私は、ホームのベンチへぐったりと腰をおろして、手紙をひろげた。便箋にうすい鉛筆のはしり書きで、私はそれをひかりのくる方へ傾けて読んだ。 …… …… 翌日の午後一時、私は浅草から電車にのって、三時すぎ、栃木の町に着いた。 〉 この浅草駅は、三浦文学ゆかりの駅なのである。 この小説では、その後 〈 私と志乃は、生前、志乃の父が好んだ「惚れてさっさとする結婚」を。その父の五七日があければすぐに実現するのであった。 その年の大晦日、私は志乃をつれ、夜行列車で上野を発った。〉 二人で郷里の一戸町に向かったのである。 他の多くの作品に描かれている上野駅も、三浦哲郎文学にもっとも欠かせないゆかりの駅となるのである。 |
ゆかりの場所
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浅草の場面が印象的だと思っているが、実は小説「忍ぶ川」では二人が浅草に行こうとしているところまでしか描かれていないのである。
仲見世通りを二人が歩いている場面を映画で観ているからなのだろうか。 お陰で、浅草は「忍ぶ川」では、外せない貴重なゆかりの場所となっている。 〈「浅草? 栃木へ帰る……。」栃木行の電車が、浅草から出ていた。 「いいえ、あそびに。州崎をみたら、急にいきたくなったんです。父はね、浅草が好きでよく私をつれていったんですよ。映画を観て、花屋敷で木馬にのって、帰りにはきっと神谷バーへ寄って、あたしには葡萄酒、父は電気ブランを飲んだんです。」 「でも、せっかくの休みだから、栃木へいってきた方がよくはないかな。」 栃木には、志乃の父、弟妹達がいるのである。 「ええ。…でも、せっかくの休みだから、ふだんできないことをしたいんです。やっぱし、浅草へいきたいわ。」 私は、志乃のふだんの生活と、その日の心のはずみを想った。それでは、志乃の好きなようにしようとわたしはいった。〉 ■写真:浅草仲見世〜浅草寺 |
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“明治13年創業浅草一丁目一番地。多くの文豪たちにも愛されてきた、日本初のバー” 〈「……映画観て、神谷バーへいって、あたしは葡萄酒、あなたは電気ブランで、きょうのあたしの手柄のために乾杯してくださいな。」〉
ボーイが運んでくれるかの有名な「電気ブラン」を嗜みながら、「忍ぶ川」の情景を思い浮かべ、カウンターのあるレトロな店の佇まいを満喫して来たのだった。
■地下鉄浅草駅を出た吾妻橋たもとの交差点に鎮座するレトロな建物「神谷バー」。歴史を感じる。 右奥には東武浅草駅が見える。栃木に向かう「忍ぶ川」の舞台でもある。 今回は、岩手の同業者の団体で東京駅から「東京スカイツリー・浅草・隅田川舟下り」のはとバスツアーに参加しての思わぬタイミングとなった。 スカイツリーの少し左に見える黄色い縦長の看板が「神谷バー」。
電気ブランで乾杯!
同行した事務局の計らいでスカイツリーを堪能できる「はとバスツアー」の体験ができ、思いがけなく難関のスカイツリーの最上階にも上ることが出来た。 ビールジョッキーの上の泡とウ○コタワーはアサヒビールの建物で、とてもインパクトのある眺望スポット。 この後は「電気ブラン」のほろ酔い気分のまま日ノ出桟橋まで隅田川を船で下った。
「神谷バー」を初め、ここ浅草界隈は「三浦哲郎文学散歩in東京」の重要なゆかりの場所になるので、つづけてピックアップしてみたいと思う。
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「思い川茶房」のしおりに記されている内容をここに転記して置くことにしよう。
思い川茶房について 「思い川茶房」は、駒込の寿司割烹「思い川」と、食事・甘味処「麻布茶房」とのコラボレーションにより誕生いたしました。 「思い川」は、芥川賞受賞作である小説「忍ぶ川」のモデルにもなった六十五年の歴史を持つ店でしたが店主の健康上の理由から、その暖簾を下ろさざるを得なくなりました。 長きにわたり続いてきた「思い川」の名が、ここ駒込の地から消えてしまうのは。誠に残念だったこともあり、「思い川茶房」として、その名を残すこととなりました。 新しく生まれ変わった「思い川茶房」は、お食事や酒類に加え「麻布茶房」の甘味も、ご用意しておりますので、ランチやディナーは、もちろんのこと、ティータイムのご休憩や、ご歓談にも、ぜひご利用下さい。 また、各種ご会食、お茶会、パーティーなどのご予約も承ります。 小説「忍ぶ川」 著者 三浦哲郎(1931〜2010) 青森県八戸市生まれ 早稲田大学仏文学科卒業 昭和35年(1960)第44回芥川賞受賞 昭和36年(1961)TBS「東芝日曜劇場」でドラマ化 昭和47年(1972)熊井啓監督、栗原小巻主演で映画化 この店の協力を得ていつの日にか「三浦哲郎文学を読む会」の東京での移動例会を開催できないものかと思ったりしている。 |
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昨日、上京の機会を得た序でに駒込の「思い川茶房」を訪ねてきた。
目白で用事を済ませて東京方面へ山手線で向かう途中、駒込駅を過ぎてから「思い川」のことを思い出し、次の駅で引き返して訪ねたのだった。 何しろ下調べ無しでの初めての訪問だったので、六義園の方面にあると思い込んでしばらく探し歩いていたが見付からず、携帯電話のナビゲーションで探してみたら、道路の反対側の意外なほど駒込の駅に近いところに在った。 「忍ぶ川」のモデルになった頃の面影は失われていたが、同じ場所に「思い川」の名前だけは残されていた。 店の中に入って店員の方に訪問した訳を説明して、読む会の「三浦哲郎文学散歩ガイドマップ」を差し上げて名刺を渡した。 店の人は、「思い川」の以前の経営者から引き継いだ経緯と、奥様が今も上の階に住んでいることを話してくれた。 そして、名刺代わりにと渡されたしおりに、その「思い川」継承の経緯が丁寧に記されていたのだった。 今回は、予定外の訪問であまり時間が無かったために、一階で「宇治緑茶のロールケーキ」を買いながらの立ち話しか出来なかったが、了解を頂けたので一階だけだったが店内を写真に納めることが出来たのは幸いだった。 後で、そのしおりを読んで、丁寧な応対をして下さった店の人となりに、「忍ぶ川」の舞台となった「思い川」の面影を大切にしてくれている思いを感じてとても嬉しかった。 試食してみて下さいと渡された「駒込もち」の味が一入美味しく感じたのだった。 ほんの少しだけの時間だったが、買い物をして店を後にした。 ここも、絶対に外せない「三浦哲郎文学散歩・東京編」のポイントなのである。 店の方に、「思い川」の名前を絶やさないで残してくださいとお願いして帰ってきた。 |





