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三浦作品ゆかりの十和田湖底から引き揚げられた旧陸軍機が、修復が完了して一般公開されることになったようだ。
旧陸軍練習機 来月1日から公開 2012年10月27日(土)東奥日報Webより 今年9月に十和田湖から69年ぶりに引き揚げられた旧陸軍の一式双発高等練習機が11月1日から、三沢市の県立三沢航空科学館で一般公開される。一日も早く実機を見たいという航空機ファンらの要望に応えるため、同科学館は当面、分割して引き揚げた機体を清掃し主要部品を整理した状態で、模型や解説パネルなどと一緒に展示する方針だ。 ゆかりのあるものなので、そのうちに訪れてみたいと思っているが、災難に巻き込まれた搭乗者のことを思うと気が重い。 |
ゆかりの場所
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三浦哲郎氏の八戸市での定宿だった八戸グランドホテルが経営難に陥っていることは、以前の新聞等ニュースで知らされていたが、今回、5月までホテルを経営していた東京の会社が破産手続きを開始したというニュースが流れた。
八戸グランドホテルは、国内の投資会社が設立したホテル運営会社「 Suvaica(サヴァイカ)」(同市、成田繁社長)にホテル事業を譲渡し、ホテルの名称と営業形態は従来のまま引き継がれると聞いている。 三浦哲郎文学ゆかりの場所だけに、何としても存続し続けて欲しいと願っている。 ■デーリー東北新聞社 WebNews 八戸グランド所有HGH破産開始決定 2012.8.8 民間信用調査会社によると、八戸市番町にある八戸グランドホテルの不動産を所有していたHGH(東京、高橋將社長)は8日までに、東京地裁から破産手続きの開始決定を受けた。負債総額は約22億円。 http://travel.c.yimg.jp/domestic/images/180135c/j/21/2111/004/21110041000031437.jpg |
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十和田湖の湖底に沈む軍用機の再引き上げが行われる記事を掲載したところ、その引き上げについての抗議のメールを当ブログの愛読者の方から頂いた。
〈 …… さて、今月の末には三浦先生のご命日がやってきますが、 また新しい悲しみに触れなければならないかと思うと切なくなります。
7月29日付けのブログといっていいのでせうか。
十和田湖底の旧陸軍機の回収再挑戦 を読ませてもらいました。
以前、この陸軍機の回収をするという、どこかの方々の動きを
聞いて、小生は心を痛め、その思いを東奥日報紙の「明鏡」と
いう投稿欄に、小生の考えを述べさせてもらったことがあります。
結論は、陸軍機はこのまま永遠に湖底に眠らせておいて欲しい
ということです。
三浦先生の「湖影」でも再版された「水の中の神話」においても、
先生の思いはそうでなかったのではありませんか。
たぶん、そのように思うのです。
十和田市長も以前、市議会で、「市としては引き揚げる考えは
ない。」と表明された場面をTVニュースで偶然に拝見して、思わ
ず喝采をあげたものでした。
そして昨年でしたか、回収作業に失敗したことから、もう諦めた
ものと、安堵していたところでした。
ところが、最近の報道によれば、ふたたび回収作業を検討して
いるということではありませんか。
小生は非常なショックを受けました。
どうして、「水の中の神話」の精神のままにしておけないのでせう。
引き揚げることで、測り知れない大きなメリットがあるのでせうか。
どうも小生には、この方々の考え方が理解できません。
「読む会」に投稿しようと思ったのですが、器械オンチの小生のコト、
難しかったので、失礼ながらMLで愚痴を言わせてもらいました。
休み明けには、直接に国へ出向くか、政治家にお願いしてでも、
回収作業を不許可にしてくれるよう、働きかける積もりです。
突然のMLで失礼を致しました。三浦文学の愛好者の方であれば、
理解いただけるかな、と思っています。 (青柳隼人) 〉
さて、当方は再引き上げ作業の報道によって、この十和田湖底に沈む軍用機のことを物語にした三浦哲郎の小説『湖影』改め『水中の神話』がクローズアップされることを期待して、寛大に受け入れようとしていたのだが、果たして如何なものか。 この飛行機の搭乗者は一人が脱出して助かったが、二人はそのまま湖底に沈んでしまっただけに、生存者と遺族のこともあり、賛否の思いも複雑だと思う。 今更、回収したところで飛行機は壊れて錆びついていてスクラップにしかならないだろう。 このまま十和田湖の湖影として残っていることで、小説の物語も生き続けるような気がする。 三浦哲郎さんの思いは如何なものだろうか。 |
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今年も恒例の南郷サマージャズフェスティバルは先週の土曜日に行われた。
青森県八戸市の南郷区(旧南郷村)で毎年開催されるこの催物は、日本のみならず海外の一流の奏者が出演する、今や世界でも注目されるジャズの祭典となっている。 三浦さんは、そのことを随筆や小説に取り上げてくれているのである。 例えば、短篇集モザイク3『わくらば』に収録の短篇小説「めちろ」には、 〈 …うちのフェスティバルというのは、学生時代に自分のバンドでサキソホンを吹いていたという先々代の村長が、昔の仲間に声をかけて村おこしにはじめたジャズ・コンサートのことだが、ともすればひぐらしの合唱に圧倒されがちだった当初の演奏が、年々充実して催しの規模も大きくなり、いまでは会場の野外劇場の入り口に屋台店が軒を列ねるほどの賑わいになっている。…〉 と、このように紹介されている。 随筆と小説の垣根がない三浦作品は、事実のことが描写されているのが特徴である。 ということで、先日来、旧南郷村にまつわる作品に描かれている人物や物の真相を探求していたところ、小説に描かれている人物の所在が分かり、知人の南郷区出身市職員Kさんの取り計らいで明日お会いできることになった。 南郷にゆかりの作品 『旅雁の道草 “タラッポの章”』 『短篇集モザイク1 みちづれ』-「はらみおんな」 『短篇集モザイク3 わくらば』-「めちろ」 に描かれていることの真相を解明したいと思っている。 南郷歴史民俗資料館を訪ねて、三浦さんが取材したという「青い目のアメリカ人形」や「はらみおんな」の土偶のことなどを尋ねてみることにしよう。 |
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先日、一戸町の元町長中野清見氏著『町長室から 正午のサイレン』について触れさせて頂いた。
そこに書かれている「“忍ぶ川”の文学碑を建てよう」の項には、文学碑建立への思いと経緯が書き残されている。 その文学碑建立の記念式典の時の記念写真が残されていて、その時の様子を伺うことができるので、紹介する。 右から広全寺住職春覚和尚、中村善次郎観光協会会長、中野清見町長、三浦哲郎氏、三浦夫人、長女晶子さん。 (当時の実行委員会のスタッフだった方から提供頂いた) この碑には、『忍ぶ川』の一節が原文のまま鋳物の浮き出し文字で描かれていて、堂々とした石と共に見る者に設立者たちの思いの気迫を感じさせている。 しかし、先日のセミナーで受講者から頂いた質問で、三浦文学に馴染みのない人には、この銘板の文字が読み取れないらしいことが判明した。 やはり、詳細な説明版の設置が必要のようだ。 通りからも目立たないので、案内表示板や標識の設置も欲しい。 噂によると、隣接している畑の用地を駐車場にする動きもあるらしいので、この一角を、駐車場も含めた「忍ぶ川公園(?)」に大々的に整備して頂けたら、来訪者が探しあぐねることも無くなるので、観光スポットとしてクローズアップできるようになるだろう。 |



