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ゆかりの場所

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写真:戸来岳からの眺め。
   十和田湖(前の十和田山山頂の向こうに岩木山も霞んで見える)、八甲田山、南は稲庭岳越しに岩手山が見える。
                 …大駒ヶ岳から三ツ岳越しの眺望 〜 三ツ岳からの眺望
   新郷村のキリストの墓案内板(訪問はお預け)


梅雨に入ったと言うのに、今日はとても晴れた暑い一日だった。
陽気につられて青森県の戸来岳に登山して来た。
実際には戸来岳と言う頂きの山は無く、大駒ガ岳(1,144m)と三ツ岳(1,159m)の連なる山の総称になっている。
直ぐ隣には十和田山や十和利山があり、いずれも山頂から十和田湖が見渡せると評判の山である。
うわさ通り山頂からはとても美しい十和田湖や八甲田山など360度のパノラマが眺望できる素敵な山だった。
そこは新郷村を通って行ったが、この村には不思議なことにキリストの墓やピラミッドが在ることで有名だ。
途中に戸来(へらい)と呼ぶ集落もあった。
戸来とはヘブライ語に関係あるらしい。
にわかに信じがたい話だが、地元ではそれで盛り上がっている。

今日は時間が無いので、キリストの墓の見学はお預けとなった。

三浦哲郎さんは小説「歓楽」(『蟹屋の土産』などに収録)で、南部藩の盆踊り歌「ナニャトヤラ」がヘブライ語だと言われていることに関連して、新郷村のキリストの墓のことを書いているので、皆さんも読んで見て下さい。

八甲田・酸ヶ湯温泉

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■写真:八甲田山系大岳登山
   ・酸ヶ湯温泉駐車場から八甲田大岳を望む
   ・登山道に硫黄の匂いが漂う「地獄湯の沢」と警告表示板
   ・登山道脇に咲くイワカガミなどの花々
   ・混浴千人風呂のある酸ヶ湯温泉


この間の日曜日に、青森県八甲田で山菜採りの家族が倒れて死者や重傷者が出たというニュースが流れた。酸ヶ湯温泉の近くに在る地獄沼の辺りの笹藪で火山性ガスにやられたらしい。

実は、その前日の土曜日に、八甲田の大岳に登山をして来たばかりの私は、偶然とは言え、竹の子がビッシリ詰まった大きなリュックを背負って登山道を降りてくる多くの山菜採り客に擦れ違ったことを思い出しながら、とても驚いてテレビのニュースに見入ってしまったのである。

登山道の脇の笹藪の茂みのあっちこっちで、熊除けのラジオや妙な発信音を鳴らしながら、がさがさと動き回っているのを見かけ、なんと山菜採りの多いことだろうと思ったのだった。

高山植物の花を見付けながら歩いていると、登山道の脇で笹の茂みがガサガサと音を立てて動き出したので、「熊が出た!」と身の毛がヨダツほど驚いたが、山菜取りのおばさんが出て来たので、胸をなで下ろしたりしたこともあった。

上空には、エンジン音を轟かせながら、熊の出没目撃情報と警戒をスピーカーで呼びかけるヘリコプターが旋回していたが、熊よりも怖い火山ガスへの警戒などは考えも及ばなかった。

登って行く途中の地獄湯の沢では、濃い硫黄臭が漂っていて、所々で一瞬息苦しさを感じるほど濃いガスに遭遇したが、その時も無風状態だったことを思い出して、鳥肌が立つ思いをしている。

テレビの画面では通行止めにされた登山道の登り口が映し出されていて、一日違いの出来事に本当に驚いている。

登山の終わりに、酸ヶ湯温泉の大浴場の千人風呂に浸かって汗と疲れを流して来た。

風呂に浸かりながら、長編小説をしたためる為にこの宿に滞在したことがある三浦哲郎氏の滞在記の随筆を思い出していた。

詳しく書かれた作品は探し出せないでいるが、『旅雁の道草』「タラッポの章」に、ゆたさんの車に乗せられて、青森市から八甲田・十和田湖経由で八戸に周り、一戸のおふくろさんを見舞った時のことが書かれていて、途中、酸ヶ湯温泉で、どてらの湯治客が道端の斜面でスキーをしているのを見かけて、この旅館に滞在した時のことを思い出して書いている。

〈私は、十数年前の夏、ある長い小説の腹案を纏めようとして、この温泉に半月ばかり滞在したことがあるが、そういえば、あのときとうとう纏め兼ねた小説をちょうどいま書き進めているのだと気がついて、古戦場へ舞い戻ったような懐かしさをおぼえた。滞在中、腹案が纏まるまでは節酒しようと思って、鞄のなかに忍ばせてきたたった一本の白葡萄酒を、毎晩、寝しなに、湯呑で半分ずつ惜しみ惜しみ飲んだことや、半日も湯治場にいて考え耽っているうちに、湯にあてられて、板の流し場に長々と寝そべったきりしばらく起き上がれなかったことなどが、随分昔のことのように思い出された。〉


梅雨時の晴れ間を狙って登った甲斐あって、薄日の差す天気に恵まれて、残雪の八甲田の山々の景色を堪能しながら、沢山の可憐な花々に巡り合い、そして温泉に浸かり心底リフレッシュできた。
その身体に染み付いた硫黄温泉の匂いが、家まで付いてきて漂っている。

三浦さんは、千人風呂の入浴のことなど「酸ヶ湯温泉滞在記」については、他の作品で詳しく書いていた筈なので、見付けたら又紹介することにしよう。

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■岩手日報新聞 6月17日掲載記事から

一戸町中心部と国道四号を東西に結ぶ都市計画道路「上野西法寺線上野地区街路整備事業」が、第22回全国街路事業コンクール(全国街路事業促進協議会主催)で、特別賞に輝いたという記事が、岩手日報新聞に掲載された。

この事業で馬淵川に新たに架けられた橋の名前は、三浦哲郎の小説『忍ぶ川』から採って「しのぶ橋」と名付けられた。
橋の銘板には、三浦哲郎氏直筆の文字が刻まれていて、その場所に説明板が設置されている。(記事掲載写真の欄干端の銘板)
今や、川下の隣に架かる小説「妻の橋」の舞台の岩瀬橋と、その脇の『忍ぶ川』文学碑と並んで、一戸町の新たな三浦哲郎文学ゆかりの場所となっている。
町に架かるそれぞれの橋から、馬淵川の流れを眺めて、この地に住み親しんだ三浦さんやその家族たちのことを思いながら、全国特別賞に讃えられた街路を散策してみることをお勧めしよう。

一戸の琴の稽古場

昨日話題にした一戸の「橋のたもとの酒屋の2階の稽古場」について、万代橋の近辺で最も橋に近いところに現在ある平春酒店の息子さんに、直接電話をかけて尋ねて見た。
その結果、どうも平春酒店ではないそうだ。まだ若い息子さんなので、遠い昔のことまでは分からないようで、お母さんなら知っているかもしれないと話していた。
そうなると、果たして何処になるのだろう?
お母さんや近所の詳しい人を尋ね歩いて真相を探ってみようと思う。

一戸町の実家の行方

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■写真:一戸町に在る三浦哲郎氏の実家


東京に住んでいる三浦さんの家族が郷里の実家と呼んでいる一戸町の家には、今はもう誰も住む人がいない。
この家の今後の行方が気掛かりである。

昨夜、ある会合で一戸町の稲葉町長にお会いする機会を得たので、この件について話をさせて頂いた。
今、一戸町で三浦作品にゆかりのある建物で現存しているのは広全寺とこの家だけになり、『忍ぶ川』など多くの作品に描かれている、とても貴重な建物なので、一戸町でも保存に協力して戴きたいとお願いした。
この家が借家らしいので、余計に気に掛かるのである。

これまでに、『愁月記』でお袋さんが入院していた岩手県立一戸病院や、『わくらば』に綴られているお父さんと一緒に入浴した思い出の銭湯、『忍ぶ川』の一戸駅の木造の屋根のプラットホームなどは皆壊されてしまい、作品に描かれている情景を味わう事ができなくなってしまった。

三浦さん家族が、父の実家である金田一湯田の家から、この家に引越してきたのは昭和28年の春3月であった。
あれから57年間、三浦さん家族がここで過した。
家族の思い出が一杯詰まっていて、それらのことを多くの作品に描いて残している。

昔、2階で蚕を飼っていた農家を改造した家を借りたと書いて在ったので、建物の寿命は相当古いものと思われるが、三浦哲郎文学作品に大変ゆかりのある建物だけに、保存の気運が高まることを期待している。


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