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14日の文学散歩に参加して頂いた地元金田一のSさんが、「親戚のおばさんが三浦さんのお母さんの付添婦をしていたことがある」と話してくれた。
何と、Sさんは私の親しい知人なので、こんな身近に岩崎さんの親戚の人がいたとは驚いた。
しかし、Sさんは年が離れている所為もあって、岩崎さんのことはそんなに詳しく知らないらしいので、「それなら、そのおばさんは『愁月記』や『旅雁の道草』『七色の弁当』などに描かれている岩崎さんのことですね」と教えてあげた。
そして、三浦さんが作品の中で描いている岩崎さんのことを色々話して上げると、全く三浦さんが書いている通りの人だったと言って、私たちの方が、親戚よりも詳しく知っていることに驚いていた。
やはり、三浦さんは真実のことをそのままに書く作家だと言うことが、ここでも証明された。
散歩の後で、ゆかりの家の「三浦哲郎展」を案内して、岩崎さんの遺族から戴いた貴重な三浦文学の書籍について説明して、納得して貰った。
「ゆのはな文庫」の中から、岩崎さんの登場する作品を手に取って見て貰ったら、会場に座り込んで、書籍を熱心に読んでくれていた。
Sさんにとっては、三浦哲郎という作家を身近に感じる大きな出来事の日となったのであった。
家に帰ったら、家族や親戚の人達にも話して上げるように、お願いしておいた。
このこと一つ取っても、とても貴重な出来事で、三浦哲郎と言う作家が、地元の人達に一層身近な存在に成って行くのである。
ゆかりの家の広間のお茶会の席でも、Sさんと二人で岩崎さんのことを話していたら、それを聞いていたお茶会の主宰者の平栗さんも「私の父が入院した時も岩崎さんに付添いをして頂きました。その時も、床擦れを一度も起さない、献身的な介護をして頂いて、とても有難かったのですよ」と打ち明けてくれた。
他にも、「私は、岩崎さんからお稽古事を習いに通っていたことがある」と言ってくれた人もいた。
『愁月記』などに登場する付添婦の「石崎さん」=岩崎さんは、地元でこんなにも身近な存在の人だったのである。
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