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ゆかりの人

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三姉妹に初対面

明るく明るく生きてほしいとの願いを込めて、日を三つ重ねた《晶子》。

小説『忍ぶ川』の作品からとって《志のぶ》。

発表したばかりの短篇小説『泉』の気丈な農夫にあやかって《泉》。


先日の葬儀の際に、初めてお目に掛かった三浦さんの三人の娘さんたちを拝見していて、失礼ながらも、それぞれの名前のことを思い出していた。

三浦さんの家族のことは、多くの作品に詳しく描かれているので、初対面であったのに、自分の身内のことのように良く分っているつもりになり、親近感が湧いてくるのを感じた。

『林檎とパイプ』を読んでいるから、長女の晶子さんには特にその思いが強い。

当人たちには、傍迷惑なことかも知れないが、愛読者にそんな思いを抱かせるほど、三浦哲郎という作家は、世の中にはこんな家庭があり、こんな家族が居るんだよと、手本を示すように、自分の家族のことを素直に描写してくれているのである。


喪主の変わりに挨拶された晶子さんの心のこもった言葉や、境内で参列者の見送りに立たれた三姉妹の顔を思いだしながら、『林檎とパイプ』を読み返している。

そして、作品を手に持つ度に、葬儀でお見掛けすることができなかった三浦さんのことが気掛かりでならないのである。

お姉さまの葬儀

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■画像:三浦家菩提寺、葬儀会場の広全寺(一戸町)

昨日、一戸町の広全寺で、三浦先生のお姉さまである故三浦きみ様の葬儀が行われたので、読む会を代表して参列してきた。

火葬が行われた小春日和の朝の天気が一転して、葬儀が始る午後2時頃には、雪が降りだし、三浦家の菩提寺である広全寺は、境内の木々も一面真っ白な雪で覆われて、冬景色となった。

三浦さん家族が金田一村湯田(金田一温泉)からこの一戸町岩舘の家に引っ越して来る時に世話をする切っ掛けとなった、春覚和尚の読経により葬儀が執り行われた。
尺八の名士であった春覚和尚とお姉さんとは、若い頃から琴と尺八、三味線の奏者からなる三曲会という合同演奏会を催したり、お父さんやお母さんの葬式等でお世話になっていて、大変親交が深かった人だっただけに、和尚の唱えるお経にも一段と心情が籠っていたように思えた。

遺族席には、東京から来られた三浦夫人と三人のお嬢様や親戚の方々、そして、お姉さまの琴のお弟子の方々が並んでいたが、残念ながら、喪主の三浦先生は体調が優れないとのことで出席されなかった。
喪主あいさつでは、徳子夫人に付添った長女の晶子さまがごあいさつをされた。

参列者の中に、読む会会員の佐々木益さんと姪の高橋さんがいたので、隣に席を取らせて頂いた。
佐々木さん達は三浦さんのお父さんの実家・ダンジャ(屋号・壇沢)の縁戚に当ることもあっての参列だったようだ。

三浦さんの幼馴染で親友の立花先生や、三浦哲郎文学顕彰会の宮さんも八戸からお見えになっていたので、挨拶をさせて頂いた。
先日、立花先生のお宅に電話を差し上げた時には東京へ出張中で連絡が取れなかったが、その時に、三浦さんと会う約束で出掛けたのだったが、突然このようなことになり、再会できないで帰ってきたと話していた。
この日は、朝7時半に一戸の三浦さんを訪ねて来たそうなので、無二の親友として火葬の時から三浦さんに付き添って上げていたようだ。


帰りに、外で見送り下さった方々の中には、きたぐに旅館のご主人や小岩商店の方と並んで三浦さんの三人の娘さんがいた。
一番最期に並んでいた長女の晶子さんに、読む会の代表としてお悔やみの挨拶をして、日頃お世話になっていることへの感謝を申し上げた、そして、三浦先生の様子を伺ったところ、皆さんと一緒に一戸には来ているそうで、前日の念仏にはお出になられたとのことだった。
三浦さんを支えて下さった唯一のお姉様を亡くされて、さぞかし、お力落としのこととお察し申し上げます。

俳優・加藤剛の随筆

■朝日新聞3月7日付「天声人語」より引用
  http://www.iwanami.co.jp/moreinfo/6021310/

《子どもを連れた母親が危険に直面したときにとる姿勢は、日本と米国で異なるらしい。日本のお母さんはたいてい、わが子を抱きしめてうずくまる防御姿勢をとるのだという▼これに対し、アメリカの母親は、まず子どもを後ろにはねのけ、敵に直面して、両手を広げ仁王立ちになるそうだ。歴史学者だった会田雄次の著作を引いた『ことばの四季報』(稲垣吉彦)から孫引きさせてもらった。民族、文化的背景の考察はおいて、どちらの姿も、本能ともいえる親の愛の表れに違いはあるまい▼危険からわが子を守るどころか、自らが鬼畜となって子を死なせる虐待が、この国で後を絶たない。「死なせる」と書いたが、実情を聞けば「殺す」にも等しい。奈良の智樹くんは、食べさせてもらえず、5歳なのに体重は6キロしかなかった▼4歳で死亡した埼玉の力人くんは、「お水をください」と哀願する声を近所の人が聞いていた。肉体の苦痛はむろん、恐怖と絶望はいかばかりだったか。短い命が不憫(ふびん)でならない▼俳優の加藤剛さんの随筆を読んでいたら、幼いわが子を肩車する場面があった。父の額をしっかり押さえる小さな手を「若木の枝で編んだ桂冠(けいかん)」にたとえている。栄誉の冠を戴(いただ)いて、父親たる加藤さんは「凱旋(がいせん)将軍のごとく」歩を進めるのである▼愛された記憶が、愛するという資質を耕す。親から子への豊かな申し送りがいま、揺らいでいるようにも思われる。虐待という危機には、地域と社会が両手を広げて仁王立ちになりたい。命が奪われてからでは総(すべ)てが遅い。》


昨日の朝日新聞【天声人語】を読んで、映画『忍ぶ川』主演俳優の加藤剛の随筆集が出版されている事を知り、興味を持ってネットで調べてみたら、岩波書店のサイトにそのことを発見した。

■岩波書店『こんな美しい夜明け』(岩波現代文庫、2008年3月14日発行、定価1,050円)
  http://www.iwanami.co.jp/moreinfo/6021310/

《加藤剛さんと言えば,テレビ「人間の條件」でデビューした俳優として,「大岡越前」「忍ぶ川」「砂の器」などをはじめとする舞台,映画,テレビでの活躍があまりにも著名です.ただ,その加藤さんが実に含蓄深いエッセイの書き手であり,軽妙洒脱な文章家でもあるということは,まだまだ多くの人には知られていないと思われます.
 加藤さんの著書として『海と薔薇と猫と』『歩く人』に続いて,三冊目の著書『こんな美しい夜明け』が岩波書店から刊行されたのは2001年でした.このたび,その後に執筆された新稿も多数収録して,岩波現代文庫の一冊として刊行されました.》

全然知らなかった。
加藤剛も三浦さんと同じ早稲田大学OBで文学部演劇学科卒業だという。
さすがに紫綬褒章を受賞(2001年)したほどの人である。
三冊目の随筆集だそうで、天声人語の編集者も引用するぐらいだから評判が上々のようだ。
題名の謂れを読んでいて。三浦作品の〈夜明けのカナカナ〉を思い出した。

加藤剛作品も一度読んでみることにしよう。

盛岡の佐藤さんからの手紙の続きだが、本人の思いが伝わるように、ここに全文を掲載させて戴くことにしよう。



 突然の手紙で失礼します。
 先般は、盛岡での「三浦哲郎文学講演会・朗読会&映画『忍ぶ川』上映会」に参加させて頂きました。講演、朗読、映画と適度のバランスの3部校正に加え、出演した講師陣(森林康氏やNHKの上原アナウンサー)も大変すばらしく、来客者は皆、ほどよい気持ちで午後の時を過すことができたのではないかと思います(実は、職場の21年秋のイベントで上原アナウンサーを一日所長にと考えたこともありましたが、若手職員の声に押され「フジぽん」にした経緯があります。)。いずれにしても、大成功ではないでしょうか。
 また、私事で恐縮ですが、今回のイベントに接し、久しぶりに郷里の金田一を想いだすというより、金田一の香りをいただきました。ありがとうございます。たまにしか帰らない実家ですが、郷里にも大事なものが残っているなーという思いが一層募りました。
三浦先生の随筆に出てくる、金田一駅前の店に長靴を預けていたという豆腐屋が実家です(釈迦に説法ですが、当時、金田一駅から湯田に行くには、府金橋の方から迂回していて雨の日とか雨上がりの後は、ぬかるみの道となり、長靴が必要だったようです。)。現在の家に立て替える前の、ふた周りくらい小さい2階建時代のことで、現在の家と同じような位置に玄関があり、その玄関口にあった大豆置き場(低いテーブルの上に木枠でできた大きな大豆保管箱があり、周りにも大豆が入った小さな布袋(近郷農家が豆腐交換用に持ち込んだもの)が雑然と置かれていました。)の下に、長靴程度が入る空間があり、そこに三浦先生の長靴を預かっていたということを、昨年春に亡くなった母から聞いたことがあります。学生服姿で実家に立ち寄ったようです。昨年7月に亡くなった兄も三浦先生のことを知っていたみたいでしたが、その辺の話しも十分聞けずで、今となっては残念です。
 過日のイベントに触発されて、都南図書館(盛岡)で、三浦先生の随筆集「恩愛」(世界文化社)を借りて読んでみたら、同封の「私のモーツァルト」という一文をみつけました。
三浦先生が、モーツァルトの音楽が好きだということを知りました。(「モーツァルト荘」という小説があることは知っていましたが、まだ読んでいません。)。私自身もモーツァルトが好きで、CDが120枚くらいあるでしょうか(正確に数えたことがない。)。三浦先生の一文にわが意を得たりと一人合点しています。会の活動にモーツァルトの音楽を加えたら、幅が広がるのではないでしょうか。モーツァルトのピアノ協奏曲(20番からあとのものが好きで、よく聴きます。)、弦楽五重奏曲、ピアノソナタ、バイオリン・ソナタ等々、ドラマチックできれいで、そして切ない曲(光と影が重なるイメージの曲)が多くあります。また、三浦先生は、モーツァルトの音楽が朝から晩まで流れているペンションが何処かにあったらいいなーと述べています。宝くじでも大当たりしたら、湯田にそのようなものを作って上げたいものです。(夢のまた夢の話ですが)。これからの活躍を大いに期待しています。
                               単身赴任の盛岡にて
                                佐藤 ○○


たった今(2/17AM11:00)、ご本人から承諾を得たので、掲載させて頂いた。
電話で色々話をさせて頂いたが、何と、佐藤さんも早稲田大学出身とのこと。
随分、三浦さんと接点の多い人である。
読む会の例会にも参加して頂けるようにお願いをしておいた。

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昨日、盛岡の方から封筒の郵便が届いた。
封筒には馬場勝行著・発行の『遠い日』というA4版の本が一冊入っていた。
三浦さんと早稲田大学政経学部時代の同期で友人の馬場勝行さんが出版間もない自著の本を送って下さったのだった。
中には三浦哲郎さんについていくつか書かれていて、三浦さんとの出会いや、『時のせせらぎ=若き日の追想紀行』の「早稲田」の項に、

《私は、政経学部の一年間に、同郷といってもいい盛岡出身の馬場勝行君と遠藤真澄君の二人と知り合えたにすぎなかった。》

と書かれていること、直木賞作家・浅田次郎と三浦さんとの関係、南部訛りに悩まされたことなどが綴られていた。
イベント当日に出口で見送りをしていた私に声を掛けて頂いて、三浦さんの友人であることを教えて頂いたのだったが、こんな本を出版しているとは思わなかった。
発行日が平成22年2月15日になっているが、早く出来上ったので発送している最中だそうで、先程お礼の電話を差し上げたら、三浦さんにも送ったとのことだった。

私は、イベントの翌日に送った三浦さんへの報告の手紙の中で、馬場さんにお会いしたこともお知らせしておいた。

もうひとりの同期の遠藤真澄さんのことを馬場さんに伺ったら、盛岡に住んでいるらしいが、今は消息が分らないそうだ。長年高校教諭をされていた方だったそうだ。

どなたか情報を頂けたら有難い。

因みに、『北の文学』の再刊時に三浦さんが係わることになったのは、岩手日報社に勤めていた馬場さんの仲介によるものだったことも教えて頂いた。
当時社長だった久慈吉野右衛門さんが、三浦さんと遠い親戚関係にあったらしく、『北の文学』再刊に当って、選者に文壇界の岩手にゆかりの著名な作家をということで、三浦さんと友人である馬場さんのことを知って、交渉を託されたのだったと話してくれた。
いつか、お会いしてもっとお話を伺いたいと思う。


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