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ユタと不思議な仲間たち

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銀林荘は緑風荘?

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■画像:緑風荘とその槐の間(座敷わらしの棲むという部屋)

『ユタとふしぎな仲間たち』に出てくる湯ノ花村には温泉宿が3軒あることになっていて、その内の一番大きな宿が『銀林荘』で、主人公のユタ(勇太)のお母さんの実家とは親戚同士だと言う。
この銀林荘で座敷わらしに出会うことになる。

金田一温泉郷の座敷わらしが出る宿として、今、全国的に有名になっている旅館「緑風荘」は、三浦哲郎氏のお父さんの実家の本家に当たり、三浦さんの親戚なのだ。
この緑風荘は、戦後になって旅館業を始めたそうで、その前はこの地域の豪農だったという。
南部藩時代の湯治場だったころから見れば、温泉郷ではそう古い方ではない。(因みに、一番古い宿の「神泉館(古湯)」は、惜しくも一昨年閉館廃業してしまった)

三浦さんは寅吉じいさんにこんなことを言わせている。

《この村に限らず、いなかの人間というものは、よそ者に対してそう簡単には打ち解けてくれないものなのだといった。ことに都会からきた人間には、警戒心が強くて、なかなか自分の本心を見せようとはしない。》

これは、三浦さん自身がこの地域の特徴とらえて、非常に的を得たセリフにしていると思う。

つづいて

《「そんなに仲間がほしかったら、座敷わらしにでも相談して、しばらく遊び相手になってもらうほかはないじゃろうな」
「座敷わらし?座敷わらしって、なんなの?」
この村では、子どものことをわらしという。だから、座敷わらしといえば座敷子どもということになるが、座敷子どもだけではなんのことやらわからない。
「昔からのいい伝えのなかに出てくる男の子のことじゃよ。満月の晩にな。古い家の座敷の大黒柱のあたりから、ひょっこり出てきて、寝ているものをからかって遊ぶという子どものことじゃ」
「……なあんだ、幽霊の話か」
「ところが、そいつは幽霊とは違うんじゃよ」
「……というと?」
「幽霊には、足がないっていうじゃろうが。ところが、座敷わらしには、ちゃんと足があるんじゃからな」
その座敷わらしは、背丈は五つか六つの子どもぐらいで、紺ガスリの筒袖の着物を着ているという。筒袖の着物というのは、袖に袂の着いていない着物のことである。
「その筒袖の裾が短くてな、膝小僧がまる出しになっとるそうじゃが、膝小僧があるということは、すなわち、足があるという証拠じゃからのう」
「だけど、その座敷わらしって、人間じゃないんでしょう?」
「人間じゃない。まあ、人間のなりそこないみたいなもんじゃろうな」
「人間のなりそこないって?」
「人間になりたくても、なれなかったやつらの怨霊じゃよ」
「怨霊?」
「つまり、恨みを持っているたましいじゃよ」
「へえー、たましいにあしがあるっていうのは、どういうことかなあ」
「だから、さっきもいったろう。座敷わらしは幽霊じゃないってことじゃ」
「幽霊じゃなくて、なんだろうね」
「まあ、一種の妖怪じゃな」

寅吉じいさんの説によれば、神様とか、仏様とか、人間の霊魂とか妖怪とかは、実際に存在すると思えば存在するし、存在しないと思えば存在しない、つまりその人の気持ちしだいで、存在したりしなかったりするものだということであった。

「この銀林荘の離れにも、座敷わらしが棲んでいるの?」
「棲んでいるかどうかわからんが、ともかくあすこの座敷には出るという噂が、むかしからあるんじゃ」
その離れというのは、建ててからもう百年以上にもなるという茅葺き屋根のどっしりとした家で、以前はそこが母屋だったそうだが、今は新館が出来たので離れの客間として使っている。
「ほら、離れに太い大黒柱があって」
「あの大黒柱をまんなかにして四つの座敷があるじゃろう。そんなふうに、一本の柱を中心にして四つの部屋が出来ているという造りの家に、座敷わらしが出るんじゃよ。嘘じゃと思ったら、こんどの満月の晩にひとりで離れに寝てみたらどうじゃな?」》
  ……新潮文庫『ユタとふしぎな仲間たち』から抜粋(一部、中略)

と、座敷わらしについて語らせている。
これが元で、ユタは勇敢にチャレンジして、ペドロたち9人の座敷わらしに出会うのである。


緑風荘の座敷わらしが出るという「槐の間」には、残念ながらこの太い大黒柱は見当たらない。

一昨日、IGRいわて銀河鉄道「金田一温泉駅」から上り電車に乗ったら、隣の席に居た先客の若い女性たちが、座敷わらしの出る宿に泊まってみたいなどと話しているのが聞こえてきた。
座敷わらしで有名な金田一温泉であることを感じさせる一コマであった。

ラジウム温泉

東北もずっと北の方の山間にあるこの湯ノ花村。
そこが、小説『ユタとふしぎな仲間たち』の舞台である。
三浦さんは、この小説の中で、この村のことを、「ラジウム温泉」だと言って次のように書いてくれている。

《この湯ノ花村は、その名のとおり湯の花のにおう村である。湯の花というのは、温泉の中にできる沈殿物のことだが、においとしてはそんなにいいにおいとはいえない。ちょっとアンモニアに似たにおいだ。それが、どこへいっても空気のなかにかすかににおっている村なのである。…
…村に湧いている温泉は、ラジウムを含んだ鉱泉で、温泉宿が三軒ある。その三軒のうちで一番大きな銀林荘は、ぼくのお母さんの実家とは親戚同士で、お母さんはいま、かよいでその銀林荘の帳場を手伝っている。
…温泉といっても。湧いている鉱泉は温度が低いから、風呂は湧かさなければ入れない。
その風呂を沸かすための薪を割るのが、寅吉爺さんの仕事なのだ。》


一方、随筆『時のせせらぎ 若き日の追憶紀行』('94.H68.20講談社発行)の『金田一温泉』のところでは、

《岩手県の北はずれ、青森県との境を間近にした山地のすそに、ラジウム含有量の豊富な鉱泉の湧く村がある。そこが私の父の生まれ在所で、今でこそ十数軒の旅館や簡易ホテルが散在するいっぱしの温泉地になっているが、私たち一家が住み馴れた八戸市を引き揚げてきたころは、たった三軒の古びた温泉宿が、谷川のふちや、森かげや、村道端にひっそりと湯煙を上げているだけの、近隣の村人相手の湯治場にすぎなかった。
いまは二戸市の金田一温泉と呼ばれているが、戦後間もなくのころは二戸群大字金田一村字湯田で、実際、地名の通りに、ぬるくて白く濁った鉱泉が、とある田んぼの脇から湧き出ていた。それが唯一の湯口で、三軒の温泉宿ではそこから長いパイプで鉱泉をそれぞれの浴場へ引き入れ、薪を焚いて沸かしていた。》


これらを、比較して読んで頂くと、三浦さんが住んでいたことがある金田一温泉郷のことが、そのまま小説に描かれているのが良く分かる。
紛れもなく、小説『ユタとふしぎな仲間たち』の舞台が金田一温泉であることが良く分かる。

ここの金田一温泉は、私達が子供の頃の旧金田一村では「ラジウム温泉」として大々的に宣伝していた。
それが、いつの頃からか「ラジウム」の文字が使われなくなった。
あれは、偽りではなかったのか?と不審に思い、気掛かりだった。
そのことを、年配の先輩方に話したら、役場職員OBの田中孝香さんが、是非君に見せたいものがあると言って、旧金田一村が実施した調査書を探し出してくれた。

『金田一温泉地域 温泉総合科学調査報告書』('69.S44.3金田一村)

である。
これを読んでみて「ラジウム温泉」は間違いではなかったことが分かった。
それでは、どうして今は……。

つづきは、この次に…。

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