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「金田一まんじゅう」

地元にいて良く見かけていながらも、名前が「金田一まんじゅう」だとは認識していなかったので、大変失礼してしまった。
とても大きな饅頭で、一度見かけたら忘れられないほど、インパクトのあるお菓子です。
製造販売元は二戸市金田一の「藤萬菓子店」でした。
カネタ製菓の「座敷わらし」は、又別のお菓子です。

お恥ずかしながら、まだ、食べたことが無いので、明日、お店に行って買って食べて見ることにしよう。
店に無いと困るので、電話で予約を入れておいたから、明日には写真を添えて報告するので待って頂きたい。

この際だから、カネタ製菓の「座わらし」も美味しいので、一緒に宣伝販売して頂けたら益々評判があがるのは確実ですよ。

名探偵・金田一耕助が誕生した推理小説作家横溝正史の疎開宅がある岡山県倉敷市真備町の「きんでーち(金田一)会」から情報メールが届いた。
金田一耕助の金田一に因んで、観光客に金田一温泉の「金田一まんじゅう」を販売開始したという報告だった。

地元が疲弊している時に、はるか遠く岡山の人たちが金田一温泉を宣伝応援してくれているとは、何と有難いことだろう。

いつもブログを楽しく読ませていただいています。 
 金田一温泉の「金田一まんじゅう」を倉敷市真備町岡田の横溝正史疎開??近くの酒店で販売することになりました。名探偵金田一耕助との縁浅からぬ金田一温泉の「金田一まんじゅう」ですが、こちらで販売する三宅酒店の三宅一民さんは少年のころ、疎開していた横溝正史宅へ酒を届けていたこともあり、横溝正史本人を見知っている人です。今でも全国から訪れる金田一ファンに語り部としてそれらの話をする機会も多くあります。その際、金田一にまつわる土産はないかとよく尋ねられるそうです。
 倉敷には金田一と名のつくお土産はありませんが、金田一耕助と何かと縁のありそうな金田一温泉の「金田一??んじゅう」は格好のお土産ではないでしょうか。あわせて遠く離れた岩手北端にある金田一温泉のPRにもなればと、店内にはポスターやパンフも置かれます。
 三宅酒店はご高齢の夫婦二人だけで営む田舎の小さな食料品・酒店です。そんなに大々的なことはできないでしょうが、はるか南の地である岡山から、金田一温泉を売り込むきっかけになれればと思います。三宅さんは、「金田一まんじゅう」は金田一耕助ファンにもきっと喜んでもらえそう。これが東北を力づけるささやかな試みの一つになればと言われています。同店内には「金田一まんじゅう」の話が出る以前から東日本大震災への義援金箱が置かれていました。


因に、「金田一まんじゅう」とはカネタ製菓の「座敷わらし」のことだろうか?

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■画像:中屋会員の幻の新聞投稿記事『旅発ちのアンコール公演』


先日の例会に久しぶりに参加して頂いた中屋会員から、岩手日報社に投稿し、新聞に掲載予定だった記事が、東日本大震災発生の影響で取り止めになってしまい、二戸支社から謝りの連絡を戴いたという話を聞いた。

2月25日に金田一小学校で6年生の孫達の『ユタとふしぎな仲間たち』再上演を観劇した感想を、岩手日報新聞に投稿したそうだ。
あの時、デーリー東北新聞社は取材に来てくれたが、岩手日報社からは取材して貰えなかったために、岩手県の人たちに紹介する機会を失っていただけに、中屋さんの投稿記事に大いに期待したいところだったが、掲載されなかったことが大変残念でならない。

中屋さんからその投稿記事を送って頂いたので、手持ちの写真を添えて紹介させて頂くことにした。

きっと読んだ方には熱気溢れる会場の雰囲気を感じて戴けることでしょう。

以前から意気込みは伺っていたが、八戸市の三浦哲郎文学顕彰協議会(立花義康会長)では、三浦哲郎さんの生誕80年・芥川賞受賞50年を記念して、10月に八戸市公会堂大ホールで「(仮称)三浦哲郎文学の集い」を開くことを、20日に八戸グランドホテルで開いた総会で決めたそうだ。

■東奥日報新聞 2011.4.20(水)
 三浦哲郎生誕80年記念事業を計画
 http://www.toonippo.co.jp/news_too/nto2011/20110420221024.asp

今、東奥日報の新聞で特集の連載を進めてくれている時なので、青森県では以前にも増して関心が高まるのではないかと思われる。

岩手にもゆかりの深い三浦さんだけに、芥川賞受賞作『忍ぶ川』の舞台になった一戸町や、『ユタとふしぎな仲間たち』の舞台・金田一温泉を抱える二戸市の動向が気になるところである。
この「ゆかりの地」3地域が連携してできるような企画がないものかと考えてみるのだが、果たして如何なものか。

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■画僧:一戸町探訪
 1.郷里の家(一戸の実家)
 2.文学碑
 3.妻の橋(岩橋橋)
 4.一戸駅
 5.駅のホーム
 6.駅ホームの木造上屋
 7.旧県立一戸病院の正門
 8.町民バスのバス停(現役)



今日は、八戸市から突然来訪者があり、一戸町の『忍ぶ川』の舞台を案内して来た。
青森県の新聞社で近々三浦哲郎特集の連載を始めるらしくて、その為の『忍ぶ川』の舞台の雪景色を写真に納めたかったようで、編集記者の取材に同行したのだった。

八戸の方は積雪量が多かった(10cm)そうで、一戸はもっと積もっているだろうと、冬景色を期待して来たようだが、到着時間が昼近くになってしまったせいもあり、殆ど融けてしまって文学の舞台の冬景色とは程遠い結果となってしまい気の毒だった。

『忍ぶ川』のクライマックスのシーンといえば、夜中に馬橇が郷里の家の前を鈴を鳴らしながら通る場面のほかに、郷里に帰ってくる2人をおふくろが迎えに出る一戸駅のプラットホームの場面であろう。

ホームも駅舎も通路のトンネルも、皆新しくなってしまって当時の面影は、一部木造で残っているホーム上屋位のものではないだろうか。
それでも、電車に乗り降りするこのホームは紛れもないあの『忍ぶ川』の舞台なのである。
乗客の乗降も写真に納めながら探訪して歩いた。
電車到着に間が有ったので、『愁月記』、『旅雁の道草』の舞台になった「旧県立一戸病院」跡地を案内して、しばらく振りで訪れて見たら、旧病院脇に残っていた看護学校とその寄宿舎の解体工事が行なわれていた。
益々、面影を感じるものが失われていくのは寂しいことだが、ゆかりの場所としてモニュメンタルなものを残して欲しいものである。
今となっては、名称を刻んだ銘板がはめ込まれている正門だけが唯一病院の痕跡を示している。しかし、今回の工事ではそれさえも取り壊されてしまうのかもしれないと思うと、名残惜しくて虚しくなってくる。
家や駅、お寺などからこの病院へ続くいくつかの道路は、三浦さんやその家族たちが通った道なのである。
正門脇に立っていたバス停「旧一戸病院前」に居座り続けてもらうしか無いのかな。


新聞連載は、三浦哲郎生誕80周年、芥川賞受賞50周年を記念して行われる企画で、長期にわたり毎週日曜版に掲載になる予定とのことだから、いずれは書籍になって販売されることになるだのろうと期待している。

同じくゆかりの深い二戸市金田一温泉や一戸町には、今のところ記念事業の機運は全く感じられないのは寂しい。


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