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昨日、IGRいわて銀河鉄道観光が実施した二戸地域「カシオペア連邦」モニターツアーの「三浦哲郎文学散歩」のガイドを務めさせて頂いた。 20名の参加者には、ガイドマップのコースに従って進めさせて頂いたが、前日の雨で草むらに雫がついていたりして、靴と裾を濡らしながら歩くところもあったので、長川の河原を渡る「どんどん淵」は省略させて頂くことにした。 ゆかりの家では、内部も見学して頂いて、沼野会員が準備してくれた三浦作品の本を手にとって見て頂いたりして、何人かが気に入った本を購入してくれた。 前夜、旅館で講話を聴いたという緑風荘の亀麻呂神社では、皆さんがお賽銭を上げながら神妙に拝んでいた。 参加者には三浦哲郎のことを知る人が少なかったようなので、この文学散歩で知って頂けたことを大変嬉しく思っている。 気に入って頂けた人には、地元に帰ってサークルや家族、知人を誘って再来頂きたいとお願いした。 今回のツアーには、以前このブログで紹介したことがある雫石町(岩手県)の三浦哲郎ファン・新里さんも参加して、熱心に聞いてくれていたことは有り難かった。 I今回のツアーに文学散歩を織り込んで頂いたIGRいわて銀河鉄道観光さんに感謝している。 モニタ−ツアーということでアンケートが集められると聞いているが、参加者の反応が気になるところである。 今後、三浦哲郎文学散歩を織り込んだツアーが確立してくれることを願っている。 |
日々の出来事
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先日開催された「B-1グランプリin北九州」で八戸せんべい汁研究所の「八戸せんべい汁」が見事に優勝に輝いた。
「八戸せんべい汁」 B−1で悲願の金賞(2012/10/22 09:11) デーリー東北新聞より 第7回目を迎えた「ご当地グルメの祭典B-1」も、思い返せば発祥の地が八戸市で、この「せんべい汁」で地域おこしをしようと開催したのが始まりだった。 岩手県北の我が地でも昔から家庭で食されていたので、なんで八戸なの?と当時は訝ったものだったが、ここまで知名度を上げられては、今更、二戸地方のご当地グルメですとは言えなくなってしまって、脱帽するしか無い。 しかし、それでも二戸地域にとっても郷土料理であることには違いない。 貧困時代の貧しい料理として捉えられていたこともあって、当地では廃れかけていたが、これで堂々と胸を張って郷土料理と言えるようになるだろう。 冠の「八戸」が強く出てしまったが、そのためにも、「南部」と読み替えるのが正当と言えよう。 当地南部せんべいの巌手屋(小松製菓)がせんべい汁用の「かやきせんべい」を製造販売しているが、この優勝が売上げを向上させてくれることになるだろう。 「ついに金賞がきた。ちいさなイベントだったB-1がこんなに大きくなった。町おこしは終わりが無く、これがゴールではない」 B-1仕掛け人の事務局長木村聡さんの言葉が印象的だった。 これまでの苦労がやっと報われたことに、同じ南部地方の住人として「ご苦労様、ありがとう」と言いたい。 三浦作品にはせんべい汁の描写があっただろうか? ユタさんの運転で小松製菓直営店「南部煎餅茶屋・自助工房 四季の里」に好んで立ち寄ったというから、恐らく三浦さんも食していたに違いない。 もしも三浦さんだったら、このことについてどんなエッセイを書いてくれただろうかなどと思わないでいられない。 郷土の料理をこよなく愛して止まなかった三浦哲郎さんだったから、さぞかし天国で喜んでくれているに違いない。 さてと、今夜は季節柄カックイ(茸:ナラタケ)のせんべい汁にでもしてみようかな? |
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方々のまちでは、お盆が過ぎてから次々と秋祭りが繰り広げられているが、三日間続いたこの地域最大の二戸まつりも、昨日終わった。
青森県南から岩手県北部にかけての旧南部藩のこの地域では、どこの祭りも同じように、八月上旬に先陣を切って行われる八戸まつりの形態が引き継がれている。
人形飾りの山車を引いて町中を練り歩く、地域の鎮守様のお祭りである。
二戸は呑香稲荷、愛宕神社、秋葉神社の三社大祭となっている。
三浦哲郎作品の色々な場面でこのまつりのことが描かれていることはご存じだろうか。
『旅雁の道草』(1984.S59.4.20講談社発行)の「横笛の章」には、八戸市の三社大祭のことが詳しく書かれているが、その様子は二戸まつりも全く同じである。
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今日は、三浦哲郎氏の命日、3回忌になる。
読む会の会員有志で一戸町の広全寺にお墓参りをさせて頂いた。
穏やかな天気の朝7時、早朝にもかかわらず6名の会員が、サルスベリの真っ赤な花が残暑に燃える墓所に集い、三浦哲郎さんのお墓を拝ませて頂いた。
墓前には、三浦さんが作品に描いた菊の花を手向け、M本さん自作の美しいフラワーアレンジメントも添えられて、周囲の墓からひときわ華やいで見えた。
墓参りの後に、お寺にご挨拶に寄ったら春覚東堂にお会いすることができた。
会員からの要望で、三浦哲郎さんのお母さんがお寺に買って貰ったと言われている書の額を拝見させて頂きたいとお願いしたら、快諾いただいた。
執務室の壁に掛けられていたその額は、書家として名のある八戸市の和尚さんが書いたものだそうで、
「福寿如意」 幸福で長命であることが思いどおりになること。
と書かれているその額の経緯を、当時のことを思い出すように説明して下さった春覚さんは91歳になられたそうだが矍鑠としていた。
右の丸が描かれている絵が何を表しているのかについても聞いてみたが理解できる説明は頂けなかった。
作者のことなど、この額について情報をお持ちの方は教えて頂けたら有難い。
春覚さんが、三浦さんのお母さんに頼まれてこの書を購入した時、三浦さん家族の生活が大変な頃だったようなので、そうと知っていればもっと高く買って上げるべきだったと、思い出しながら話していた。
そして、奥の部屋から、このお寺で三曲会の演奏会をしていた頃の写真を持ち出して来て、三浦さんのお姉さんの琴の教室のお弟子さん達と一緒に写っている写真を懐かしそうに説明して下さった。
そこには、三浦さんのお母さんやお姉さん、そして、学生服姿の三浦哲郎さんも写っていた。
貴重な写真なので、後日改めて取材させて頂きたいとお願いして、出勤時間を気にしている会員達と広全寺を後にした。
読む会では、色々な取り組みをしているのに、会員達の集合写真を撮る機会が殆ど無かったので、お寺の鐘楼の前で記念写真を撮ることにした。
あっと言う間に3回忌を迎えることになったが、これからも三浦文学の顕彰と普及に努めさせて頂くことを三浦さんの墓前に誓わせて頂いた。
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今日は、午後から一戸町奥中山地区公民館ホールでの「いちのへ町民セミナー」で「三浦哲郎文学を読む」と題してたっぷり2時間講演をさせて頂いた。
一戸町でも私たちのようなサークルが立上ってくれることを望んでいるので、少しでも切っ掛けになればとの思いで、一戸町にゆかりの深い芥川賞作家三浦哲郎を紹介させて頂いた。
16名と少人数の参加者だったが、ほとんどが三浦哲郎文学にご縁の少ない方たちだったので紹介し甲斐があった。
後で職員の方から伺ったら、町の中心市街から車で30分も離れているこの奥中山地区の人達が主だったようだ。
三浦さんたち家族が住んでいたところから遠いので、尚更ご縁が薄いのも止むを得ないことなのだろう。
このセミナーのコースの人たちは、前回は研修旅行で青森県近代文学館に行って来たそうだ。
館内で職員の方がガイドをしてくれて、一戸町民だと知ると常設展示の三浦哲郎コーナーで説明と合わせて「じねんじょ」など二つの作品の朗読までしてくれたので、思わぬところで三浦哲郎文学に触れることができて大感激して帰ってきたとのこと。
特にも今回の講演を控えている時でもあったので、熱心に見学、聴講することができたと話していた。
この話を聞いて、三浦哲郎ゆかりの地の人達への文学館職員の気配りには感激した。
今日は、話したい内容を上手く伝え切れたかどうか不安が残るが、真剣に聞いて頂いたようなので、今後のご縁に繋がることを大いに期待したい思いでいる。
いつものことだが、厚かましくも読む会で所持している三浦作品の書籍4種を数冊持参して、欲しい人に分けて上げた。
三浦文学の魅力を教えたくても、今では書籍のほとんどが入手不可能になっているので、この行為も三浦文学普及には欠かせないことなのである。
講話の中で、読む会の今後の活動について、8月29日の三浦さんの命日に広全寺に墓参りする早朝例会を予定していることと、一戸町立図書館とのコラボレーションで、図書館での三浦作品朗読会を計画してみたいと話したら、皆さんが大変興味を示してくれたのがうれしかった。一戸町の人たちがそのことを知っていたら参加する人が増えるのではないかとも話していた。
公民館でも情報を頂けたら参加者たちにも連絡を差し上げるようにするからと、賛同してくれた。
今日話しきれなかったもっと多くの一戸町にゆかりの作品の内容については、テーマを変えればまだまだ伝えたいことが多くあるので、又こんな機会を頂けたら有難く、そして嬉しく思う。
今日の内容は以下に掲載のレジメの通り。
文学散歩コースの所だけは、時間の都合で省かせて頂いたが、文学散歩ガイドマップを持ち帰って頂けるように皆さんに配布した。
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