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金田一のりんご

先日、デーリー東北新聞社の二戸支局長から、金田一りんごのことについて問い合わせの電話を頂いた。
三浦哲郎が金田一のりんごを絶賛して作品に書いているので、読む会で金田一温泉郷のりんご作りの歴史・経緯などについて調べて知っていたら教えて欲しいとのことだった。
残念ながら、私たちも詳しいことは分らないので、地元でりんご作りに熱心に取り組んでいる大沼さん、中里さんに聞いてみることを薦めた。

デーリー東北新聞のシリーズ物の記事に、今度は「金田一のりんご」を取上げたいので、金田一温泉のりんご作りを調べているそうだ。
金田一温泉のりんご園も、そろそろ、りんごの花が満開になる時期なので、その美しい景色を掲載してはどうかと提案した。
金田一のりんごを絶賛している三浦文学にも触れて貰えるようにお願いしたが、どんな内容の記事になるのか楽しみだ。

残念ながら購読していないので、記事が掲載されたのかどうか確認できないでいる。

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■写真:七時雨山と麓の田代平・七時雨山荘
    七時雨北峰山頂から南峰を望む
    七時雨山南峰頂上(1,063m)から岩手山・八幡平を望む(横浜のご夫妻との昼食)


先日、当ブログで紹介した金田一の手焼き南部せんべいの店『藤原せんべい店』のご主人が突然亡くなり、昨日、葬儀が行われた。
4月16日に煎餅を買いに行った時に、三浦哲郎作品『せんべの耳』を持参して手渡したのが最期の別れとなった。
その後、5月2日朝に、せんべいを買いに寄った時には、息子さん夫婦だけでせんべいを焼いていて、おじいさんの姿が見えないのが妙に気に掛かっていただけに、その次の日に亡くなられたということを聞いて本当に驚いた。

5月2日は、晴天の春の陽気に誘われて七時雨山(1,063m)への登山を思い立ち、出掛ける途中でおやつ用のせんべいを買いに立ち寄ったのだった。
山頂に着いて昼食を取っている時に、そこで出会った横浜から来たご夫婦から、手作りケーキを戴いたので、そのお返しにおやつ用に持参していた少量の「南部せんべい」を分けて上げた。
そしたら、奥さんの大好物だと言って大変喜んで、美味しそうに味わってくれたので、こちらも嬉しくなって、このせんべい店のことをつい自慢気に話してしまったのだった。
あの時の、せんべいを裏返して〈お茶の友〉の刻文字に気付いて感心しながら、本当に美味しそうに味わって食べてくれた奥さんの姿が、とても印象的な出来事として思いだされる。
ネットで取寄せてでも食べたいくらい好きなんだと言っていたのに、店の名前と住所が付いている手元の包装袋を渡して宣伝しようかどうか躊躇ったのが、今になって悔やまれてならない。
360度パノラマの絶景を眺めながら、せんべい汁やせんべの耳のこと、元祖のゴマせんべいについてなど、南部せんべいに興味を持つ人との会話で盛り上がった。
そんな山頂での心地よい出会いの一時をもたらしてくれた藤原せんべい店の南部せんべいに感謝。

跡継ぎに戻って来た息子さん夫婦は、短い間だったけど、一緒に生活しながらせんべい焼を伝授されて、良い親孝行ができたことと思う。
南部せんべい焼一筋の人生を87歳で終えられても、あの世で待つ奥さんと、またオシドリ夫婦でせんべい焼を続けて下さい。
ご冥福をお祈り申し上げます。
合掌


※過去の関連ブログ

■4.9 南部せんべいと『せんべの耳』
http://blogs.yahoo.co.jp/onikosato/31679732.html
■4.17 せんべいの耳
http://blogs.yahoo.co.jp/onikosato/31719898.html


※在りし日の藤原夫妻せんべい焼の姿は、会友『よりゃんせ金田一』のブログに掲載の写真を拝見して下さい。

■よりゃんせ金田一のブログ:2010.5.8 うまいもん「藤原煎餅」
http://ninohekitune.blog17.fc2.com/

消防演習とラッパ吹き

雲ひとつない晴天の朝を迎えた二戸市内に、早朝からけたたましいサイレンが一斉に鳴り響いた。
「大事件か!」と勘違いして飛び起きてしまうことがあるが、これは、毎年5月に行われる消防演習の日の合図なのである。
市内の消防団が一同に会して隊列を組んで市内行進をして、市民文化会館脇の馬淵川公園まで行き、川べりに何台もの消防自動車を並べて、一斉放水の公開実演をする慣わしになっている。
赤や緑、青などカラフルに着色された水も放水されて、奇麗な見応えのある光景なので、二戸大橋や川沿いの道路の歩道は見物客で一杯になる。
子供のいる家族連れや、団員の雄姿をひと目見ようと駆けつけた各分団の関係者たちの見物でごった返す。
行進や放水には、ラッパ隊のラッパがリズムや合図に使われ、今日の街中はこのラッパの響きで大変賑やかになるのである。
隊列やラッパ隊、放水隊それぞれが審査される競技形式になっているようなので、各消防団の志気が高まり、余計に活気が増す。
演習が終ると、市内の方々で、桜の花見を兼ねて消防団には付きものの慰労の宴が始まり、賑やかな日となる。

消防団の法被を纏い、ラッパを奏でる姿など、消防団のことは、三浦哲郎文学の作品の多くに登場するが、『ブンペと湯の花』で、赤筋のはいった半纏を着て、隊伍の最前列で高だかと吹くラッパ吹き名手のブンペさんの姿を見ているような気がして、いつも読む度にこの時に見る消防団員の姿を思い浮かべている。

葬儀会場での出会い

昨日、春を感じる穏やかな日和に恵まれて、金田一・長寿寺で緑風荘当主故五日市和彦儀葬儀が、大勢の参列の下にしめやかに執り行われた。
祭壇の供花に添えられた劇団四季やその俳優さんの名前が印象的だった。

長寿寺山門の所で列に並ぶ時に、またしても運命的な出会いをしてしまった。
隣に立っている見慣れない人が、私の顔をじろじろ見ているので、不信に思っていると、私の名前を尋ねてきたのだった。
何とその人は、あの遠藤周作さんだったのである。
「あの」とは、以前からこのブログでも紹介している、『緑風荘』炎上の際に私が避難誘導して上げた宿泊客で、2階の他の宿泊客を、自分が足を挫きながらも救助した人なのである。

■緑風荘で被災したお客様からの電話 2119.11.8 http://blogs.yahoo.co.jp/onikosato/30880206.html

今回、このブログで当主の葬儀の事を知って、わざわざ横浜から駆けつけて下さったそうだ。
見知らぬ土地を訪れて、大勢の参列者の中で、心細い思いをしていたところへ、私を見掛けて安心した様子だった。
火事場のしかも暗いところで、ほんのチョッと出合っただけで、私の顔を覚えている筈が無いので、どうして判ったのだろうと、不思議に思っていたら、当方のホームページで写真をみて覚えていたとのこと。
やはり、税関の取締官という職業柄、人物観察力に優れている人なのだろう。
葬儀会場でご一緒させて頂いて、帰りに、緑風荘のご家族に挨拶をしてから、昨夜から宿泊している温泉の旅館まで送って上げた。
会えるかどうか判らないのに、わざわざ私へのお土産も持参していたようで、別れ際に頂いて帰って来た。

〈厭な目に遭ったけど、同じ名前の遠藤周作が泊まったという緑風荘の最期の宿泊客になったこともあり運命を感じている。火災の時には地元の人達にとても親切にして頂いて、この金田一温泉に愛着を感じています。
こののどかな田舎の情景がとても気に入っています。
昨夜も旅館の息子さんと話が弾み、「温泉やきとり」で明け方の4時まで過してしまいました。
また、来たいと思っていますので、これからも情報を教えて下さい。〉

と言ってくれた。
遠藤さんは、このブログを読むのが毎日の日課になっているそうなので、少しは意識しながら書くようにしないといけないかな。

遠藤さんのことが神奈川新聞に掲載されたことを、岩手日報の「声」の欄の投稿記事で知ったと話したら、横浜税関の所長が遠藤さんが人命救助をしたことを大変喜んでくれて、新聞社に紹介したのだそうだ。

■「緑風荘」被災者から電話    2010.3.7 http://blogs.yahoo.co.jp/onikosato/31524333.html
■「緑風荘の再建 遠くから応援」 2010.3.30 http://blogs.yahoo.co.jp/onikosato/31629797.html

これだけ、思い掛けない色々な機会が続いているところを見ると、遠藤周作さんはどうやら「座敷わらし」に気に入られてしまったのではないだろうか。

昨晩、横浜・崎陽軒のシュウマイを味わいながらそんな気がていした。

劇作家、作家の井上ひさしさんが死去された。享年75歳。

「むずかしいことをやさしく/やさしいことをふかく/ふかいことをゆかいに/ゆかいなことをまじめに書くこと」

直木賞作家でもあった井上ひさしさんが、色紙などに好んで書いていた言葉だそうだ。
出来そうで中々出来ない、自分の領域にも当て嵌まる良い言葉なので、私も肖りたいと思う。

デビュー以来40年間、絶えず話題作を世に出し続け、作品数が非常に多く、全期間が全盛期といえる作家だった。
改めて『ウィキペディア(Wikipedia)』で調べてみると、生立ちの中で苦しい生活を味いながらも培われた人間性の深い人だったことが分かる。「国民作家」といわれる所以なのだろう。
正に、不遇な生立ちが異端児を生むという一例である。

山形県東置賜郡川西町出身と紹介されている井上さんは、岩手件一関市で中学に通い、釜石市では青年期を過ごし母と兄が長年暮らすなど、岩手県に大変ゆかりの深い作家だった。

代表作でベストセラーとなった長編小説『吉里吉里人』では、町内に「吉里吉里」という地名がある岩手県の大槌町が、小説に肖って「吉里吉里国」を名乗って話題を呼び、全国に地域国独立のブームを引き起こした。
遅ればせながら、この二戸地域も1991年に「カシオペア連邦共和国」として建国宣言をしたという過去があり、ブームが去った後も、唯一継承されて存在している地域独立国ではないかと思う。

「ひょっこりひょうたん島」は釜石にある島をイメージしてできた作品だったそうだ。

一関市の世嬉の一酒造の蔵の一角にある文学館「いちのせき文学の蔵」には井上ひさし文庫があり、井上さんはボランティアで作文講座の講師を務め、内容をまとめた書籍の印税は活動のために寄付されたという。

大学受験の失敗や合格しても学費が払えなくて断念したり、休学して国立釜石療養所の事務員をしながら学費を稼いだり、専攻をドイツ語からフランス語に変えて復学するなど、やはり、同じ岩手にゆかりの作家である三浦哲郎に共通することが多い人だった。

途中で療養所の看護婦への憧れから岩手大学医学部を受験したというから、もしも合格していたなら、作家井上ひさしは存在しなかっただろう。

岩手への思いが強い人だっただけに、岩手にゆかりの作家が、また一人亡くなった悲しみは大きい。

心からご冥福をお祈り申し上げます。

合掌

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