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作家斎藤純と三浦さん

三浦さんが「北の文学」の選考委員だったことは以前にこのブログで取上げた。
盛岡市出身で在郷の小説家斉藤純氏が、昨年8月に三浦さんが亡くなった時、自分のブログに、27年前に「北の文学」に投稿した時の三浦さんの批評についての思い出を書いていた記事を、今頃になって見付けた。
それを読ませていて頂いた。内容を皆さんにも紹介する。

ブログ紹介

■流れる雲を友に    −斎藤純−
  http://rainyman.cocolog-nifty.com/kumo/2010/08/post-93ca.html

 【さようなら、三浦哲郎さん】  2010年8月30日 (月)

もう27年も前のこと。
私が『北の文学』(岩手日報社刊)に投稿していたころの選考委員が、太田俊穂岩手放送会長、三好京三先生、須知徳平先生、そして三浦哲郎先生だった。
太田会長、三好先生、須知先生が私を最優秀賞に推してくださったとき、三浦先生は「私はこういう作風は好きになれない。ちゃんと地に足の着いた小説を書いてほしい」と苦言を呈された。それは選評にも書いてある。
ただ、別の席で「だが、この人の文章力を認めないわけにはいかない」とおっしゃってくれたそうだ。この話は後に当時の学芸部長からうかがった。とても嬉しかった。

結局、お会いすることはなかったものの、感謝の気持ちを忘れたことはない。


◆斎藤純 プロフィール
http://www.menkoi-tv.co.jp/entertainment/saito/profile.html

昨年の盛岡での講演会の時に、斉藤さんと電話で連絡を取って、開催の案内を差し上げたのだったが、生憎、出張で留守にしていて、来場して頂けなかったのが残念だった。
まさか、三浦さんへのこのような思いが有ったとは、思いもよらなかったが、このことを知って親近感が増してきた思いがしている。

「北方春秋」のこと

イメージ 1

■画像:「作家生活50年 三浦哲郎の世界」(デーリー東北新聞社発行)P.24に掲載されている
     デーリー東北新聞記事(昭和36年1月25日付)


先日来、三浦さんが都落ちして一戸町の実家で暮していた昭和34年頃に、八戸で出版されていた雑誌について、八方手を尽して調べているのだが、何と、そのことに付いて『作家生活50年 三浦哲郎の世界』(デーリー東北新聞社発行)のP.24に掲載されている芥川賞受賞を伝えるデーリー東北新聞切抜き記事(昭和36年1月25日付)の中に、「北方春秋」にも作品を書いていると判明した。

青森県立近代文学館から協力を頂いて、その雑誌が『北方春秋』であることが、つい最近分ったばかりだが、上記本の中の新聞切抜きの記事を見れば、直ぐに分ったことだけに、読み返すことをしなかったので、気付かないでいた。

因みに、この時の新聞記事に、三浦さんの現住所が〈岩手県二戸郡福岡町〉と紹介されているのには驚いた。 

イメージ 1

イメージ 2

■画像:『一戸町名誉町民三浦哲郎先生 作品紹介』(1998.H10.3佐々木精之著、一戸町中央公民館発行)
     の表紙と、「発刊にあたって」のページ


昨日話題にした一戸町の町立図書館から借りた本のうちの、もう一冊には大変驚かされた。

『一戸町名誉町民三浦哲郎先生 作品紹介』
    (1998.H10.3佐々木精之著、一戸町中央公民館発行)

 平成9年に三浦さんが一戸町名誉町民に推薦されるに当り、一戸町中央公民館の佐々木精之という方が、一戸町役場から三浦さんと一戸の関わりを著作品を通して調べて欲しいとの依頼を受けたそうだ。
 町村合併40周年記念式典に間に合うように、依頼を受けた5月1日から中央公民館(当時の町立図書館?)にある三浦さんの作品著書を読み始めて、5ヶ月間掛けて全部読んだという。
 これは、その時読みながら記録したあらすじ等を4ヶ月掛けてまとめ上げたという、96ページもの手作りワープロ文章の、著作内容紹介本となっている。

どの書籍にどんな作品が収められているのかや、作品がどんな内容だったかの他に、書籍の出版社、内容の傾向、篇長の長中短別などの分類も明記されていて、大変貴重な資料になっている。
この地域にも、これほど熱心に三浦文学の研究をした人がいたことが分り、大変心強く思った。

「発刊にあたって」に記されている「人に役立てて貰いたい」との佐々木さんの思いを生かす為にも、ここに紹介させて頂くことにした。

佐々木さんはご健在との情報を得たので、お目に掛かってお話を聞く機会を楽しみにしている。

北方春秋ーその後

三浦さんが、早稲田大学を1957年(昭和32年)に卒業し、就職を断念して作家活動に入るが、2年後の1959年(昭和34年)2月に、原因不明の高熱に悩まされて衰弱し、止むなく所持品を売払って帰郷し、翌1960年(昭和35年)2月までの一年間を一戸町で過している。
この時のことを本人は「都落ちした」と言っているが、就職口が見付かり、再起を決して上京する際に、背広を買うお金を得るために、久々に小説を書いて、八戸の雑誌に持ち込んだという。

その雑誌が判明したことについては、先日、当ブログで報告した。

●関連記事:「北方春秋」 2010/9/24(金)
      http://blogs.yahoo.co.jp/onikosato/32390410.html


雑誌『北方春秋』は、八戸市立図書館に保管されていることが分ったので、職員の方にお願いして三浦さんの小説が載っている号を探して貰っていた。
その結果を、先日、職員の方から電話で報告頂いた。

やはり、青森県近代文学館から提供頂いた情報より新たなものは得られなかった。

●関連記事:「北方春秋」の情報    2010/9/29(水)
 http://blogs.yahoo.co.jp/onikosato/MYBLOG/yblog.html?m=lc&sv=%CB%CC%CA%FD%BD%D5%BD%A9&sk=1


 ・第8号(S33.11.1発行) 「ブンペと湯の花」掲載      
 ・第12号(S35. 1.1発行) 「タンパ眼の誘惑」掲載 
 ・第13号(S35. 6.1発行) 「非望の群れ」(連載第1回)掲載
 


第13号の後、5年経って第14号がヤッと発行されていて、第17号までの発行後は途絶えたとのことだった。

連載予定だった「非望の群れ」は、その後の本には載っていなかったそうで、三浦さんの作品は他には見当たらないかったと言われた。

連載の続きの原稿を預かっていたかも知れないと思われるので、当時、発行に関わっていた人を探して見た。
やがて、創設者の一人、山根勢五さんという方が健在で、今も市立図書館に通っているという情報を得えた。
早速、図書館の職員にお願いして山根さんに聞いて貰ったが、生憎、随分以前のことなので記憶がないとのことだった。

これで、新たな「九戸政実物語」の小説「非望の群れ」の手掛かりは無くなり、はまぼろしの著作になってしまったのである。

今回は、三浦さんが九戸城の乱・九戸政実に着目した経緯が分り、大変貴重な情報を得ることとなった。
このことが、昨年クローズアップされた『贋まさざね記』の創作に繋がっていることも想像できる。

悔やんでも仕方無いが、もう少し元気でいて「非望の群れ」も完結して頂きたかった。

河鹿についての情報をあるブログから紹介します。

〈キノス〉さんのblogに、河鹿蛙のことを詳しく載せてあるので、ご覧になって下さい。

■風にのって 「清流の笛の名手・カジカ蛙」   2010/6/27(日)
http://blogs.yahoo.co.jp/kinos5000/60991678.html


鳴声を聞きたい方はこちらをどうぞ。

■カジカガエル:カエルの鳴き声を聞いてみよう
  http://www.nat-museum.sanda.hyogo.jp/education/frog/zukan/kajika.html

■You Tube カジカ蛙
http://www.youtube.com/watch?v=FoHJeZ0FDTA&feature=related

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