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たぶん、中学2年生の頃
何がきっかけだったか思い出せないけど
中学校に入学してからそれまでずっと
接点のなかったK川君とわたしは
2人きりで話す機会があった。
放課後の体育館だった。
体育館だったような気がする。
周りには、誰も居なかった。
K川君と2人きりでわたしは、
わたしが当時、片思いしていた
ある男の子の事について話していた。
告白するとか、しないとか
そんな類いの話。
K川君は、わたしに
「告白するなら、絶対に自分でするべき」
と言い切った。
なんの迷いもなく、よどみなく真っ直ぐに。
「自分の言葉で伝えなければ意味がない」と。
わたしは、そんな事は絶対にできないと答えた。
「なんで?」と真っ直ぐに聞く彼に
「恥ずかしい」と答えたら
K川君は、自分の彼女を引き合いに出してきて
「あいつは、自分で告白した」
「泣きそうな顔をして告白した」と言った。
けれど、そこまで言われてもやはり
自分から告白する気にはなれなかった。
今になって思えば
その時、片思いしていた相手をわたしは
そんなに好きじゃなかったのかもしれない。
だから、どうでもいいプライドが
邪魔をしたのだ。
ひとを真剣に好きになるという事。
それを知るのは
もっと、ずっと後の事だ。
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好きだったひと
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K川君のことを思い出し
こうして、文字にすることが
わたしに出来る
唯一のお悔やみのような気がした。
それ以外に出来そうなことなど
何も思い当たらない。
脳みそに隙間が空く度
わたしはK川君を思った。
頭で思うのは、わたしの自由。
仕事をしていても
食事していても
K川君は、突然現れ
同じ動作を繰り返す。
彼の表情や仕草を
わたしはただ、反芻する。
思い出の中のK川君はいつも
小学生だった。
1番甘酸っぱい思い出は
横断歩道での手繋ぎ事件。
あの時重ねた同じ体温の手を
これからもきっと忘れない。
1番苦い思い出は
自習時間にふざけて先生に叱られたこと。
書道の自習時間、K川君は
半紙に何か面白いことを書いては
みんなに披露して、笑わせていた。
その様子は
中庭の向こう側の教室に丸見えで
K川君は、次の時間じゅう担任に叱られた。
周りのみんなは誰も注意しなかったし
一緒になって笑ったのに
叱られたのはK川君1人だった。
一緒に叱られてあげればよかった。
ごめんね、K川君。
あの時は、ごめん。
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K川君は、彼の奥さんを手にかけ
その後、自らの命も絶ってしまった。
彼の事件を伝える記事
携帯電話の画面に映し出される文字達を
何度読み返してみても
それらは、いつだって
同じ結末をわたしに告げる。
K川君、どうして?
どうして死んだんね?
何度も問いかけてみるが
誰も返事はしてくれる人はない。
わたしの「どうして」は
どこにも届かない。
K川君は答えない。
K川君に、わたしの声は聞こえないし
K川君の声も、わたしに届かない。
K川君なら
きちんと答えられるのだろうか?
彼の事件を伝える記事は
その時からずっと
わたしの携帯電話の Safari で
開きっぱなしになっている。
ある日、友達のY美ちゃんが
少し興奮気味に、こう言った。
「K川君、同窓会に来るんだって!」
「え?亡くなったんじゃなかったん?」
わたしがびっくりして尋ねると
「あれ、間違いだったんだって!
実は、同姓同名の別人だったらしいよ」と
Y美ちゃんが何でもなかったように答える。
なんだ!やっぱりね!
K川君がそんな事をするわけがない。
最初からおかしいと思ったんよ。
半分泣きそうな気分で笑ったけど
すぐに
それが夢だと知る。
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Y美ちゃんが寄越した
彼女の携帯電話の画面には
こう表示されていた。
◯◯市◯区◯◯にある
マンションの一室に住む
自営業のK川さん・妻の◯◯さんと
「連絡が取れない」と
親族から110番通報があり
駆け付けた警察官が窓を割って室内に入ると
台所で2人が血を流すなどして
死亡しているのが見つかったという。
警察によると
妻の◯◯さんは頭を鈍器で殴られた跡があり
現場にはダンベルが落ちていたという。
K川さんの首には切り傷があり
発見された時は手に包丁を持っていたという。
K川君ハ、彼ノ妻ヲ殺シ
ソシテ、自分モ殺シタ。
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社員旅行のバスの中で
去年、地元で行われた同窓会の話を
Y美ちゃんから聞いていた。
その同窓会に、わたしは参加しなかった。
会いたい人もいなかった。
同級生で会いたい人は
Y美ちゃんしか思いつかない。
それなら
端からY美ちゃんと2人で会えばいい。
楽しい話がひと通り終わり
今度は、亡くなった同級生の話題になった。
お互いが知っている訃報を交換しあって
ひと息ついたところで、Y美ちゃんは
「事件を起こした人もおるよ」と言った。
そう前置きしておいてから
K川君の名前を出した。
咄嗟に、薄暗い刑務所の中で
暗い目をして座っている
K川君を想像した。
K川君が、わたしの初恋の相手だということを
その時、Y美ちゃんに伝えたかどうかは
忘れてしまった。
Y美ちゃんは、自分のスマートフォンを
ごそごそと取り出して何やら入力する。
ネットで検索できる事件って何だろう。
Y美ちゃんは何も言わず
自分の携帯電話をわたしにぐいと寄越す。
その、ただならぬ気配にわたしは
なんの反応もできずに 寄越された携帯電話を無言で受け取る。
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