鬼ノ目発進号の書斎〜道徳の崩壊と反日勢力の破壊工作を阻止せよ〜

男女平等と個人の自由を皮切りに破壊され尽くされた日本の道徳と、その先にある日本人の人権を無視して特定の差別のみを盾にした移民計画

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https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/19/57/oninomehassingo/folder/9266/img_9266_66186_0?2007-02-13


《過保護は親の自己満足であって育てる子供を我儘にする》


【解説】
「獅子の子落とし」という諺があります。
獅子が自分の子をわざと谷底に落とし、自力で這い上がってきた子だけを育てる、
という言い伝えから、わが子にあえて厳しい試練を与え、
たくましく育てることを例えたものです。

私たちは、いつまでも子供を親の庇護の下に置きたがり、子供の言いなりになったり、
子供が当然自分で出来るはずのことでも、わざわざ手を貸したりしてはいないでしょうか。

また、僅かの苦労さえ避けさせて、ただ子供を可愛さ一途に育てることを
親の愛情であるかのように勘違いしていないでしょうか。

親がこのような育て方をすれば、子供は次第に我儘になり、
いつまでも独立心や自主自立の精神が備わらず、依存心ばかりが強くなって、
将来、世の荒波に耐えていけない人間に育ってしまうことは間違いありません。

過保護に育てることは、ただの親の自己満足であり、
子供にとっては、実は迷惑至極であることにぜひ気付いて欲しいものです。


        ※これは何度か言ってますが、子供は何も分からないから子供なのです。
         「○○君は偉いからちゃんと出来るよね?」とか、
         「この子は賢いから言葉で注意すれば悪さをやめるわよね?」とか、
         そんなの死刑反対派の弁護士団体などの思想家と大して変わらないじゃん。

         「子供が体罰で成長するかどうか?」・「厳しくしたら成長するかどうか?」よりも、
         「自分たちが体罰や厳しいことには反対だから」とか【自分がそう思っているから】で動き、
         一番大切である「それが子供のためになるのか?ならないか?」という部分は見事に無視。

         で、いざその子が悪さをしたら【学校での教育が悪い】・【ゲームが悪い・アニメが悪い】
         散々甘やかしてまともな躾もしてこなかった事なんて反省もしない。

         それでも尚「体罰反対」とか「子供の権利が」・「子供の人権が」など色々と・・・
         すでに【大人の勝手な理想・エゴ・間違った平和の押し付け】で
         まともにきちんと育つはずだった子供が、斜め上の悪ガキに育っているという。。。
         そんな子供が、いざ大人になって出てきたら、平和とか秩序なんて保たれると思う?

         つうか、可愛そうだよね。。。きちんと厳しく怒って育ててもらっていれば、
         多少のことは我慢できる良い大人になれていたはず。。。という子供だっているだろうに。

         「すぐキレる昨今の子供」と言われるが、そりゃ普段から怒られることに慣れていなければ
         キレやすいのは当たり前。突然キレる子供というのも同じく。耐性・免疫がないのだから。

         「暴力反対・体罰反対」と言いながら、実は「暴力を振るいやすい子供達」を育てていたりする。
         しかも、ケンカや暴力に縁がないから、手加減も知らず、相手を殺すまでやったりするし。


《言い訳がうまくなるほど向上への道が閉ざされていく》


【解説】
失敗をしたり、人の期待を裏切った時、素直に自分の非を認めるのは勇気のいることです。
「自分は悪くない」と、ついその原因を他に求め、言い訳をしたくなります。

言い訳は他人に対してだけではありません。「あれをしよう、これはやめよう」と
強く決意しながら実行できなかった時、「こんな状況だから仕方がなかったのだ」などと
理由付けするのは、自分自身に対する言い訳です。

自分の心の中のことですから、誰に咎められることもなく、簡単に言い訳が通りますが、
この時、向上の目を自ら摘んでしまっていることに気付かねばなりません。

自分に非がある以上、失敗は素直に認め、他人には謝罪を、自分には反省をして、
その辛さをバネにより良い生き方を目指すのが本当の知恵というものです。

目先の楽を求める気持ちが言い訳をさせるのだと知り、
それらを捨て、勇気を持って自分の至らなさに直面し、
一歩ずつ向上の道を歩んで行こうではありませんか。


        ※まぁ、女の世界では「自分の非」や「自分が悪かった」ということを認めたら、
         まるでヤクザが証拠写真のネガでいつまでもお金を脅し取りに来るのと同じ様な勢いで
         延々とそれをネタにしてイジメられますからねぇ。認めることが相当怖いのかもね。

         但し、社会人となったら、そういう言い訳も通じませんから。
         というか、女の世界の異常なルールを(自分の非を見せない・相手の非を叩かない)
         社会の中にまで持ってこられたら迷惑です。それも分からないの?

         明らかに自分が悪いのに「だって」・「でも」と言うのは女性の典型的パターンですが、
         それ以外にも「綺麗に聞こえる言葉で誤魔化す」という方法も女性は使ってきますね。
         お金のことしか考えていないだけなのに【女の子は現実的】とか(単なる守銭奴じゃん)
         やたらと精神的な病名や過去の悲しい出来事を使って同情を引いたりとか、
         もはや単なる言い訳のレベルを超えています。これじゃ成長しないのも無理はないでしょう。

         何かやらかした時の成長って「ごめんなさい・私が悪かったです」から始まる。
         これが素直に出来ないのなら、成長できるわけがない。反省にまで辿り着けないもの。
         この男性差別もそんな「言い訳・責任転嫁」の繰り返しで成り立っている部分もあり、
         言い訳で自分が成長できないだけじゃなく、その成長できないことを誰かのせいにする。

         自分の感情優先のせいで起こった落ち度を、周りに責任を取らせるという極悪っぷり。
         ここまでくると「救い様がない」とサジを投げられても当然です。
         

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毎回恒例となりつつある、「(株)ニッコクのカレンダー」に記載されている哲学やよりよい生活への指針。
先日、2009年のカレンダーを頂いたので、今回はその中から抜粋してお送りしております。

男女問わず、これらの指針や哲学というものの中には日常から心掛けておいてほしい言葉が数多くありますが、
女性の行動や発言を客観的に見ている限りでは、この手の言葉とは真逆の生活を送っているように映ります。
それはただ自分自身が損をして不幸になるだけではなく、「周りの人々への多大な迷惑」へも繋がっていきます。
男性差別もその1つです。この様な愚行を悔い改めるためにも、常日頃から哲学に触れて頂たいものです。

ちなみに、このコーナーのバックナンバーはこちら。







なぜこのようなことを言われているのか、少しは考えましょう。
今の日本女性の事象・データ等を見ている限りでは、
自分達の感情の押し付けと女性への損得しか目に映っていない状態で生きていると。。。
いい加減にまともな道理・常識というものを覚えてほしいものです。

社会に携わる権利を手に入れたということは、これらを守る義務を負うということでもあります。
社会に出れないからこそ「まぁ、多少の悪い部分があっても女性の行動は社会に大きな影響はない」と
甘い判断が下されていたのですが、社会に出られるようになったからには、そういうわけには行きません。

それが「社会人になる・社会に出る」ということです。社会に出られる方が得なわけないでしょ。。。
まぁ、それを進んで手に入れようとしたのは女性なのですから、言い逃れは出来ませんけどね。


《感謝の生活は当たり前のことが有り難く思えることから始まる》


【解説】
日々の生活で、心から喜びを感じた時、その喜びを与えてくれた相手に
感謝の気持ちを表したいと思うのはごく自然なことです。

その相手が人間であれば、その人自身や人とのつながりに対し、
相手が自然や環境や出来事ということであれば、
それらの恩恵や巡り合わせに感謝の念を抱かねばなりません。

そういったことを普通に感じ取り、いつも穏やかで落ち着いた喜びの心で過ごすことが
本来の人間の姿だと思います。

利害や損得によってもたらされる一時的な喜びではなく、
今一度、私たちがすでに得ているもの、頂いているものを見直してください。

生まれ、育ててもらったこと、学業やスポーツ。仕事に励んでいること、
家族の一員であること、健康であることなど、当たり前と思っていることが、
実は大変恵まれていることにぜひ気付いてほしいものです。

当たり前のことが有り難く思えることから、
本当に感謝の気持ちが根付いた人生が送れるものと思います。


      ※社会ルール違反の不条理や、権利と義務と保護のバランスが壊されている差別、
       そういうものに憤りを感じるのならば兎も角、日本で女性がやっていることは違います。

       社会に出られない代わりにきっちりと「女を守れ!!!」の制度が作られているのに、
       それを「当たり前だ」と思い、感謝もしなくなったから《女性差別》に見えるわけです。
       何なら、一度「男を守れ!!!」ルールで、自分たちだけが死ぬまで社会で働かなきゃいけない、
       さらに働かなければクズ扱いされるという環境を味わってみますか???
       それを「男の方が得だ」と言えるのは、自分たちがどれだけ恵まれているのか?に
       全く気付いてないからです。そういう態度こそ、差別と呼ばれるものです。

       実質、本当に「守られているから権利がない」のは、差別とは決して言わないのですけどね。
       しかし、それすらもあっさりと無視している。


 《苦難からは学ぶことが多く 享楽からは失うことが多い》


【解説】
「売り家と唐様で書く三代目」という川柳があります。
売り札の《売り家》という文字が、道楽で覚えた
中国風のしゃれた書体だった、というものです。

つまり、初代が苦労を重ね、辛酸を舐めながら財を築き上げた資産家も、
三代目ともなると、苦労を避け、贅沢になれて道楽にふけることが多く、
財産を使い果たして、ついには家屋敷まで手放す羽目にもなる、という戒めです。

人生において、人それぞれに苦難は付き物です。
そして、苦難に遭遇した時は、それらを克服するために
全力を尽くして事に当たらなければなりません。

その努力精進を続けるうちに、様々な人生の機微を学び取り、
そこで得たものが身に付いて、人は向上していくのです。

苦難を嫌がり、享楽にふけり、安逸と怠惰の生活に慣れてしまうと、
そこから学び取るものは何もなく、それどころか、活力も向上心も失って、
虚しく愚かな人生を歩むことになると気付いて欲しいものです。


        ※まぁ、その「愚かな三代目」に当たるのが、日本では女性なわけですが。。。
         男性の場合、本当に道楽にふけって自分の中身を向上しなくなったなら、
         最終的に「養ってもらう・守ってもらう」という選択肢が無いですから、
         そういう奴がいても、数年後〜十数年後に死ぬだけです。
         資産家や社長の息子とかじゃない限り、そんなことは続けられません。

         しかし、女性は違います。「養ってもらえる」というポジションがありますし、
         だからこそ女性の中では「恋愛・モテる・モテない」が最大のポイントになるのでしょ?
         別にそれが悪いとは言いませんが、しかし「やる事はきっちりやって下さい」

         一度社会に出た以上、あなたが立派な社会人に成長して、今度はあなたが新人社員を育てて、
         そしていずれあなたは立派なリーダーになって、今度は新しいリーダーを育て上げて、
         そこで初めて【あなたの仕事は全うされた】と言えるのです。それが社会の基本です。

         入社しました、結婚して辞めました。それをやり続けたいのなら
         「女性だから」で差をつけられて当たり前です。それに抗う方が差別になります。
         あなたが社長だったら、「ずっと何十年も会社を支えていてくれる人間」と
         「あと数年で辞めるかもしれない人間」を、まったく同じ扱いにしますか???

         世界の社会常識で考えれば、この両者を「同じ扱い」にした方が差別です。
         長期間頑張る人間と短期間しか頑張らない人間が、
         なぜ「同じ扱いにしろ」と判断されなければならないのですか?
         それこそとんでもない不公平でしょうに。。。これじゃ共産主義国家です。


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毎回恒例となりつつある、「(株)ニッコクのカレンダー」に記載されている哲学やよりよい生活への指針。
先日、2008年のカレンダーを頂いたので、今回はその中から抜粋してお送りしております。

男女問わず、これらの指針や哲学というものの中には日常から心掛けておいてほしい言葉が数多くありますが、
女性の行動や発言を客観的に見ている限りでは、この手の言葉とは真逆の生活を送っているように映ります。
それはただ自分自身が損をして不幸になるだけではなく、「周りの人々への多大な迷惑」へも繋がっていきます。
男性差別もその1つです。この様な愚行を悔い改めるためにも、常日頃から哲学に触れて頂たいものです。


《向上心のある人は、賞賛よりも批判されることを喜ぶ》


【解説】
自分に対する批判を素直に受け入れることはなかなか難しいものです。
それがどんなに適切で的を射たものであっても、私達は何かと言い訳や弁解を試み、
簡単には認めようとはしません。

しかし、それは、せっかくの自分の欠点や未熟な点を改める機会を、
少しばかりの自尊心を守るために、みすみす無駄にしてしまうことになるのです。

また、反対に、人から褒められることは大抵の人が喜び、
それがお世辞に過ぎない事であっても、単純に受け入れてしまいがちです。

しかし、大した努力もせず、成果の蓄積もない状態で、
人からの賞賛をいたずらに望むことは、向上心にとっては最大の障害です。

そんな姿勢では、自分の現状を錯覚し、油断とおごりの心が生じ、
向上どころか後退していくことにさえなりかねません。

常に努力すべき要点や方向を探り、真剣に向上を目指すものにとって最も有り難いものは、
適切で率直な批判であることに改めて気付きたいものです。


   ※何歳になっても精神年齢が子供のままで大きくなってしまう、
    女性のそんな性質が作られていく工程の正体がこれですな。

    褒めてもらえば「嬉しい・この人は優しい」、でも怒られると・・・
    「逆ギレ・復讐・嫌がらせ・ウツになる・自殺未遂・・・」
    まぁ、こんな生き物が堂々と社会に出れば、そりゃ世も末なわけで。

    怒られた時は「自分が悪い」と認め、でもそれ以上深くは考えない。
    やるべき事は「自分を責める」ことではなく、「悪い所を直すこと」なのだから。
    しかし、その部分においても自己嫌悪のみで終わっている様が多々見受けられる。

    その上、「私はあの時、怒られてメチャ泣いたの」とか「本当に悩んだのです」なんて、
    自分の悪い所がまだ直ってもいないのに、同意と共感を求めるのだから、これほど悪質なものはない。
    真面目という言葉の欠片も見当たらない多くの女性の皆様、心から反省しなさい。


《欠点は、素直に認める勇気があれば、必ず改まっていく》


【解説】
人間には誰にでも、多かれ少なかれ、自尊心というものがあり、意識せずとも、
自分の長所や得意な点は自ら表現し、自慢もし、誇示しようとします。

その反面、欠点や弱点は知られたくない気持ちが働き、隠そうとするどころか
自分で気付こうとさえしない場合があります。

長所というものは、放っておいても周囲はその存在と価値を認め、
周囲に役立つ十分な要素となりますが、欠点や短所は、そのままにしておいたのでは、
自分自身の働きの邪魔にもなり、いずれ表面化した時には、周囲の落胆を招き、
迷惑をかけることにもなります。

自分の多くの至らぬ点に全く気付こうともせず、また、気付いても認めようとする勇気がなければ、
それらは改まっていく道理がありません。

人間としての現在の自分に不幸な点があるとすれば、その原因の大きな要素が自分の欠点であり、
短所であると知り、謙虚に妥協なく、必ず改めようとする努力を続けてほしいものです。


           ※あなたの不幸はあなたの安直な行動や、無道徳な発言から来ている。
            自然災害や余程の不幸な事故・事件に巻き込まれない限り、
            あなたの不幸はあなたの責任。決して誰かのせいにせぬよう・・・


《僥倖を願う心は、堕落と不幸への道に繋がっている》


【解説】
「僥倖(ぎょうこう)」とは、偶然の幸い、思いがけない幸運、ということです。
昔から「蒔かぬ種は生えぬ」という諺があるように、何か良い結果を得ようと思うのならば、
それ相応の準備や努力、工夫や研究を積み重ねる事は必要不可欠です。

たまたま、努力もせずに偶然に良い結果があったとしても、
それは自分が身に付けた実力に対する報いではないため、
今後も同じような結果が何度も得られるはずがありません。

そのことを、「自分には運がある」などと錯覚し、
何もしないで偶然の好結果が再び出て来ることを
いたずらに待ち続けることは大変愚かなことです。

そんなことを続けていくうちに、真面目に取り組むことや地道な努力を疎かにするようになり、
怠ける癖がつき、次第に堕落し、不幸への道を進むことになってしまうのです。

日々、努力精進を重ね、一歩一歩着実に成長の階段を上っていく以外に、
幸福への道は開かれないことに、改めで気付いてほしいものです。


        ※女性の人生は僥倖に始まり、そして僥倖に終わる。

         生まれた時から優しく扱われ、学校では内申も高くつけてもらい、
         高校・大学・就職はアファーマティブアクションで合格・内定。

         社会では多くの女性のみの特権店や公共事業が立ち並び、
         罪を犯しても余程のことがない限り温情判決か不起訴。

         そして男性差別・社会・国のお陰で守られて生きているこの状態を、
         「女性は強くなった」などとほざき、自分の実力だと信じきっている。
         とことん不幸になれば良い。これだけの事をすれば不幸にならない理由がない。
         



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毎回恒例となりつつある、「(株)ニッコクのカレンダー」に記載されている哲学やよりよい生活への指針。
先日、2008年度のカレンダーを頂いたので、今回はその中から抜粋してお送りします。

男女問わず、これらの指針や哲学というものの中には日常から心掛けておいてほしい言葉が数多くありますが、
女性の行動や発言を客観的に見ている限りでは、この手の言葉とは真逆の生活を送っているように映ります。
それはただ自分自身が損をして不幸になるだけではなく、「周りの人々への多大な迷惑」へも繋がっていきます。
男性差別もその1つです。この様な愚行を悔い改めるためにも、常日頃から哲学に触れて頂たいものです。


《人の喜びが我が喜びとなる時、人生は真に幸せなものとなる》


【解説】
例えば過程において、夫婦が仕事や家事、育児など、互いの持ち場で日々一生懸命働き、
お互いが、家族が喜び安心して暮らす姿を見て、それを自分の喜びと感じられる生活・・・。
これこそが家庭の素晴らしい「和」の姿なのではないでしょうか。

家庭に限らず、社会においても、その一員として生きている私達は、
周囲との「和」というものを常に心掛けなければなりません。

世の中には、人の迷惑も考えず、自分の欲望だけを求めて利己的な行動に
終始する人もありますが、仮にそれらが全て思い通りになったとしても、
果たしてその人は心からの喜びや満足感を味わう事ができるでしょうか。

私達は自分ひとりで生きているのではなく、周囲の人々と共に助け合い、
互いに支え合い、補い合って社会生活を営んでいます。
人の立場になって考え、行動すればするほど、周囲との「和」の度合いが深められ、
人生は喜びに満ちたものになることを確信致します。



《言葉や態度で繕ってみても、本心は何時か行動に現れる》


【解説】
私たちの日々の暮らしの中で、自分の本心を少しも包み隠さず、
思ったままを言葉や態度で表している場面はどれだけあるでしょうか。
自分を悪く思われたくない、良く見せたいという気持ちは、程度の差こそあれ、誰にでもあります。

例えば、他人の仕草や言動に腹を立てながらも、表面は何くわぬ顔で平静を装い、
時には心にもないお世辞まで言ってしまう人がいるかもしれません。

しかし、その不平不満が心の奥に残り、何かの弾みで他人にそれを漏らしてしまえば、
かえって自分に対して不信感を抱かれてしまう事にもなります。
本心でもない、偽りの言葉の真偽は周囲にはいずれ感じ取られます。

また、どんなにうまく立ち振る舞ったつもりでも、誠意のない行動はそう長続きするものではなく、
やがては人に見破られ、見下されてしまいます。
何事においても、うわべだけをつくろった偽りの多い心ではなく、
常に真心を尽くして対処していきたいものです。


   ※で、散々なウソや隠し事や陰湿な手口や建前や言い訳の手段までもがバレているのに、
    それでも「私は悪くない、○○が悪い」とか言っているのが太古〜現代の女性ですな。
    まぁ、この言葉の通り、「社会や男性から見下される」結果となっておりますが、
    それは男性の様に最初から誠心誠意を尽くして懸命に生きていれば起こらなかったこと。

    所謂、「自業自得」であり、これを理由に「こんな人間を社会に出す訳には行かない」と
    あらゆる制限などを作られても、それらを「女性差別」と逆ギレして言うのは百年早い。
    まずは「私達女性は、もう昔とは違い、真面目な人間になりました」と証明するのが先だ。

    例え男性であっても↑これをやっていない人間は社会からきっちりと消される訳ですから、
    扱いは社会へ出れなかった女性と大差などなくほぼ同じです。単に命張る覚悟のない奴や、
    中途半端なことしか出来ない奴は邪魔にしかならないので男女関わらず出て来るなというだけ。

    今の女性社会人を見ている限りでも、とてもじゃないが「社会に生きて社会で死ぬ覚悟」がない。
    それなら「女は出て来るな、家にいろ」と言われて当然。出て来たんなら死ぬ気で死ぬまでやれ!
    周りの迷惑顧みず、社会の中で散々中途半端な事をしておいて、怒られたら「女性差別」・・・
    社会はそんな我がままを言うような「子供」が来る場所じゃない。甘ったれるのもいい加減にしろ!


《自分本位の心で見ているから、周りに気に入らぬ事が多くなる》


【解説】
日常の生活において、私達は、気付かないうちに自分の立場や利害に囚われすぎて、
その視点でしか物事を見ていないことがあります。

このような自分本位の心で周囲と接していると、
いつの間にか「自分の考えがいつも正しい」とか、
「自分だけが苦労して頑張っている」などと錯覚し、
気に入らないことがどんどん増えてくることにもなります。

当然のことながら、周囲の人々にも同様にそれぞれの物の見方や考え方、
立場があり、担っている役割があります。
自分と違う意見に出会ったときには、自分の物の見方や考え方に
新たな視点を加えられる絶好の機会なのですから、
積極的に人の意見や考えを虚心になって聞くべきです。

そうすることで、自分の視野が広がるだけでなく、
周りに気に入らないことが多いのは、実は自分の独りよがりの考え方や、
自分中心の狭くて我がままな心に原因があったことに気付け、
静かに反省できるのではないでしょうか。


  ※ここに書いてある、「自分の考えがいつも正しい」というものは、
   「客観的・公平的視点ではなく、一方的な自分の視点で物を押し付ける」という意味。
   これを書いておかないと、「男性差別撤廃論者は女性の視点を受け入れないからこれに当て嵌まる」とか、
   またいらぬイチャもんを付けられる事は目に見えているので、先に布石として付随しておく。
     





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『他人から受ける批判の中には
 自分では悟れぬ真実の姿がある』


                株式会社ニッコクのカレンダー「10月の指針」より


自分の事は自分が一番良く知っていると言いますが、
それは表面的な本人が意識して分かっている部分だけのことで、
無意識な言動や行動は自分では分からないものです。

自分1人の力でありのままの自分を正確に全て知るために
客観する事はそう容易な事ではありません。

一方、他人は冷静に客観的にありのままの自分を知っていると言えます。
しかし、誰でも人に嫌われたくない気持ちがあるので、
他人の欠点や弱点が分かっていてもなかなか面と向かっては言ってくれないものです。

それ故に、他人から自分の至らない点や不評の部分を歯に絹を着せず
率直に批判される機会に巡り合った時には、
言い訳や感情的な反発をせず冷静に素直に受けなければなりません。

耳に痛いと思える他人の言葉の中に、
自分が気付いていかなければならない真実の自分の姿があると知り、
大きな成長へのきっかけにしてほしいものです。



『自分の好みを押し付けながら
 親切と勘違いしている事がある』


                株式会社ニッコクのカレンダー「11月の指針」より


困っている時など親切にされるとホッと安心し、
嬉しくなるのは誰でも同じです。

ところで、この親切というものは自分の好みや自分の都合からしたのでは、
本当の親切にはなりえません。

例えば、自分が気に入った事や得意な事だから、
「相手もきっと喜んでくれるだろう」と思い込み、
決めて掛かって親切をしても、人それぞれに好みや価値観の違いがあり、
喜んでもらうどころか迷惑になっている事さえあるかもしれません。

そして、相手が有り難がらなかったりすると、自分にも強い不満が残ります。

一方、自分の好みや都合は一切考えず、真に相手のためを想い、
全て相手の好みや都合に合わせるつもりで行う親切であれば、
それが例えささやかなものであっても必ず相手の心に届き、
ほのぼのとした和やかなものが生まれます。

せっかくの親切を自己満足で終わらせない様に気を付けたいものです。


         ※普段から道徳や哲学に触れている事による恩恵は、
          その人の人生をも左右する事がある。
          決して、時代遅れの戯言などと斬り捨ててはいけない。
          そもそも、正しい事に時代は関係ないはずである。

          それにも気付かず「新しいもの=常識」、
          「古いもの=時代遅れ・非常識」などと斬って捨てる女性が如何に多い事か。

          常識は、3ヶ月毎にどんどん入れ替わっていく先取り上等のファッションじゃない。
          あまりにもコロコロと変わる常識に対して、「何かがおかしい」と思わないのだろうか?

          確かに、その時代にそぐわない考えや思考や格言などはあるが、
          「人が人である限り通用する」そんな格言は、その効力を永遠に解き放っている。




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